アニスのシンデレラ・クライシス!

 

 

むかしむかしある国に、とても馬鹿な……もとい、とても美しい女の子がおりました。

その女の子はいつも真面目で一生懸命でしたが、とてもおっちょこちょいでした。いつもなにかの弾みで物を壊したり、転んだり、魔法で味方の部隊を壊滅させたりしていました。けれどもそんなことは気にしません。大きなお屋敷に住み、お金持ちで優しい両親に育てられた女の子は、何不自由ない幸せな生活をしていました。

ところがある時、お母さんが病気になって死んでしまいました。女の子はとても悲しみました。そこでお父さんは新しい妻を迎える事にしました。

けれども、継母の千鶴子はとてもひどい悪女でした。高飛車でキツイ性格で、おまけに服のセンスがとても悪かったのです。しかも継母には3人の連れ子がいました。三人姉妹で、名前をパパイア、ナギ、マジックと言いました。これがまた個性の強い姉妹で、よってたかって女の子を馬鹿にするのでした。

そしてしばらくして、あろうことか今度はお父さんが急病で死んでしまいました。女の子を守ってくれる人はいなくなってしまいました。

女の子は継母にドレスも宝石もすべて取り上げられ、汚い屋根裏部屋に追いやられました。そして毎日毎日掃除や洗濯を押し付けられて働かされました。そうして暮らすうちに、女の子は灰で薄汚れてしまい、継母たちから「シンデレラ」と呼ばれるようになりました。シンデレラとは灰まみれの娘という意味です。




そんなある日、シンデレラのお屋敷にお城から招待状が届きました。

「アニス……っじゃなくて、シンデレラ! 私たちはこれからお城の舞踏会に行くのよ」

継母千鶴子が言いました。シンデレラはパッと顔を輝かせました。

「武道会ですね、千鶴子様! 誰が相手でも私の魔法で一発で倒して見せます!」

シンデレラは継母に思いっきり叩かれました。

「武道会じゃなくて、舞踏会よ! ぶ・と・う・か・い。戦うんじゃなくて、踊るのよ。わかる?」

「はいッ、わかりました! 盆踊りですね!」

「黒の波動!」

千鶴子の手から放たれた魔法が直撃して、シンデレラは吹飛びました。

「王子様の花嫁を選ぶのに盆踊りなわけがないでしょう! まったく馬鹿なんだから」

「千鶴子お母様〜、シンデレラの相手なんてやめて、早く行かないと間に合わなくなるわよん」

いちばん上の姉のパパイアが言いました。着飾ったドレスの胸には、何故か魔方陣の書かれた本を抱いていて、そこから霊魂のようなものが出ていました。

「ケケケケ、遅刻、遅刻ぅー! 遅刻したらバケツを持って廊下で打ち首だゼー!?」

二番目の姉のナギが言いました。

「舞踏会で王子のハートを射止めるのが我らの任務なのだろう?」

三番目の姉、マジックが言いました。

「ナギ、あなた射止めるの意味わかってるの……?」

「矢は用意してある」

少しの間の後、シンデレラが言いました。

「千鶴子様ぁ、私も行きたいです〜……」

「駄目よ! あなたを連れて行ったら、お城を爆破してしまうに決まってるじゃない。あなたはひとりで留守番」

シンデレラのお願いはあっさりと却下されました。

「そんなぁ」

しゅんと項垂れるシンデレラ。パパイアが言いました。

「それにね、そんな汚ぁい格好で舞踏会に出れると思ってるの、シンデレラちゃん。綺麗なドレスがいるのよぉー?」

「どれどれ、ドレスゥー! 馬子にもドレスって知ってるかー? ケーケケ!」

ナギが言います。

「それと城からの招待状が必要だ」

最後にマジックが言いました。

「どうせ、お城まで行けないでしょ。うし車が来たわよ。さっさと行きましょう」

そして、継母たちはシンデレラを置いて、大きなうし車に乗ってお城へと出かけてしまいました。



継母たちが出かけた後、シンデレラはひとりで寂しく屋根裏部屋のベッドに腰掛けていました。窓からは遠くにお城が見えます。お城はぴかぴかと光ってとてもまぶしく見えました。

「はあ、千鶴子様、ひどいです……」

シンデレラはひとり呟きながら、その光を見ていました。あのお城の舞踏会で、今夜王子様が花嫁を選ぶのです。

「……私だけお留守番でお出かけなんて」

シンデレラは事態をよく理解していませんでした。ただ単に置いていかれたのが寂しいようです。

「私もお城に行って、盆踊りをしたいですっ!」

シンデレラがそう叫んだ時でした。突然空が曇ったかと思うと、ゴロゴロと雷鳴がしました。そして、ぴかっ! どしゃーん!! なんと雷が屋根裏部屋に落ちてきました。もうもうとした煙が部屋にいっぱいになりました。

「その願いをかなえてやろう」

その煙の中から、魔法使いのお爺さんが現れました。頭からスッポリと緑色のローブを纏い、真っ白い髭をふさふさと生やしています。

「誰ですかっ!? ハッ、まさか泥棒? ライトニングレーザー!」

シンデレラはこともあろうに魔法使いのお爺さんに稲妻の呪文をぶつけました。

「むっ、なんの!」

けれどもさすがは雷の大将軍、魔法使いのお爺さんは危なげなくそれを避けました。

「儂は泥棒じゃないわ。儂の力でシンデレラ、お前を舞踏会に行かせてあげよう」

「えっ! お城に行けるんですか? ありがとうございます、お爺さん」

シンデレラは喜びました。けれども姉達の言葉を思い出して俯きました。

「でも、お城に行くにはきれいなドレスと招待状とうし車がいるんです」

「大丈夫じゃ。ほれっ!」

魔法使いが腕を一振りすると、シンデレラの灰だらけの服が光に包まれました。そして白い清楚なドレスと真珠の首飾り、透き通ったガラスの靴に変わりました。もともと(馬鹿でなければ)素材は悪くないシンデレラです。白いドレスときらびやかな宝石を纏った姿は、それはそれは美しい少女でした。

「ふわぁ……!」

同じようにして、魔法使いはかぼちゃをうし車に、ねずみを赤いうしに変えました。そしてシンデレラに招待状を渡して言いました。

「さあ、これで舞踏会を楽しんできなさい。ただしひとつだけ気をつけることじゃ、魔法の効果は真夜中の12時で切れてしまうからの。12時の鐘が鳴り終るそれまでにお城から帰ってくるのじゃぞ」

「わかりました! 12時ですね!」

シンデレラは大きく頷いてうし車に乗り込みました。すごく不安です。

「時計の針が両方ともてっぺんを指したときじゃぞ……」

魔法使いはもう一度噛んで含めるように言いました。そして、うし車は時速100kmでお城へと暴走していきました。

「やれやれ……」



お城の大広間には、輝くシャンデリアの下に思い思いに着飾った若い娘たちが集っていました。みな我こそは王子様の花嫁になろうと、じっと王子様に熱い視線を送っています。
王子様は美しい青い瞳をした線の細い美男子でした。頭に太陽の形を模した飾りをつけています。

「なぜ……僕が王子さま役なんです……?」

ところが、その王子様はぼそぼそと従者と話していました。

「適役だろう?」

「サイアスさんがやってくださいよ」

ふたりは、なにやらもめているようでした。

「ふあっはっはっは! 息子よ、我が国の王女に相応しい娘はおったか?」

そこに有無を言わさぬ迫力で国王がやってきました。王様は筋骨隆々の大男でした。

「いえ……父上」

諦めたように王子様は言いました。

「ふむ。あそこにいる娘たちはどうだ? 千鶴子夫人の娘たちだが」

そう言って王様はシンデレラの姉たちを太い指で指しました。そこには千鶴子のセンスでドレスアップされた娘たちがいます。どれも一癖ありそうですが、美しい娘たちです。王子様は彼女たちを一目見て、王様に耳打ちしました。

「……その……彼女たちとは服装の趣味が合いそうにありませ……ん」

その時、三女のマジックと王子様の視線が合いました。けれども王子様はすまなそうに視線を外してしまいました。マジックはたいそう傷ついたようでした。

「どうして、私がこんな服着なきゃならないのよ! アレックスに嫌われちゃったじゃない!」

「あらん、千鶴子お母様のお言いつけよん。仕方ないじゃなぁい、マジックちゃん」

「この触覚が邪魔で弓が引けないな……」

「ああ、ガンジー様……お慕いしておりますっ……!」

千鶴子の娘たちは揃って選外となってしまいました。

「むう、それでは……」

王様が次の娘に目を移したときでした。

どかああぁぁん!!

爆音がして、広間に一台のうし車が突っ込んできました。暴走うし車です。

「何事だ!?」

王様はそれに立ちはだかるようにして仁王立ちしました。その眼光に威圧されて、うしは大人しくなりました。さすがです。

「はわぁっ! 遅刻しましたっ!」

すると、止まったうし車から、ドレスを纏った美しい少女がぽんと出て来ました。シンデレラです。シンデレラは慌ててきょろきょろすると、王様を見てぺこりとお辞儀をしました。

「おじさんがうし車を止めてくれたんですね、ありがとうございましたっ!」

「わあっはっはっは! なんのこれしき、お安い御用だとも、美しいお嬢さん」

王様は大笑しました。シンデレラがお城の壁をぶち破ってしまったことなど気にも留めません。豪快な王様でした。

「おお、そうだ。お嬢さん、息子と踊ってやってください。儂とした事が、舞踏会だと言うことを忘れておったわ。わあっはっは!」

「踊りって、盆踊りですか?」

シンデレラは真顔で訊きました。王様はそれで愉快そうにまた笑います。

「よしよし。盆踊りを演奏させましょう! やはり踊りと言ったら盆踊りよ!」

王様の無理難題にもはや慣れきっている楽団は、オーケストラで盆踊りの曲を弾き始めました。静かなワルツが流れていた広間は、またたく間に盆踊り会場と化してしまいました。

「あのー……父上?」

「愉快、愉快。すばらしい娘さんだ。アレックス! 貴様はこのお嬢さんと結婚するといい」

何故か王様とシンデレラはたちまち意気投合してしまいました。変人と馬鹿はうまが合うのでしょうか。真面目人間の王子様はただただ戸惑うばかりでした。けれどもこの国では国王の言うことは絶対なので、王子様は仕方なくシンデレラと一緒に盆踊りを踊ったりしていました。ふとシンデレラが楽しそうに踊ったり、瓦礫の破片につまずいて転びかかったりしているのを見ると、王子様は思うのでした。

(ちょっと見ると変な人だけれど、悪い人じゃない。それにとても……美しい)

いつしか王子様は積極的に盆踊りを踊っていました。それをマジックが恨めしげな目で見ているのには、王子様は気付いていませんでした。



そうしてシンデレラにとって楽しい時間があっという間に過ぎ去って、いつしか時計の針は真夜中の12時を指していました。リンゴーン、リンゴーンと鐘の音が鳴り出します。シンデレラはハッと顔を上げました。

「あっ、もう12時です!」

魔法使いのお爺さんの言葉を思い出しました。鐘がなり終わるまでに帰らないと、魔法は解けてしまうのです。

「どうしたんです?」

急に踊りを止めたシンデレラに驚いて、王子様は声をかけてきました。

「ごめんなさい! もう帰らないとお爺さんに叱られるんですっ!」

「そんな、まだ夜はこれからじゃないですか」

王子様は引き止めようとします。

「もう、良い子は寝る時間です。私は悪い子じゃないです!」

けれどもシンデレラはそう言うと、くるりと踵を返して走り出しました。

「あっ、待って……!」

王子様は追いかけようとします。その目の前でシンデレラが転びました。そそっかしいことです。しかしシンデレラはそんなこと日常茶飯事なので、あっという間に起きて駆けて行ってしまいました。あとにはガラスの靴が片方だけ落ちていました。王子様はそれを拾い上げると、シンデレラが去って行った先を見詰めました。

「まるで台風のような女の子だったな……」

お城は壁に大穴が開いて、その破片が瓦礫の山となっていました。



それから何日も経たないうちに、お触れが出されました。シンデレラの忘れていったガラスの靴にぴったりあう女性を、王子様の妻にするというお知らせです。それは王様が半ば強引に決めてしまったのでした。

「俺は知らんぞ、アレックス。いいのか」

「もう、どうにでもしてください……そういう筋書きなんですから」

王子様は従者を連れて、若い娘がいるお屋敷を回りました。けれどもガラスの靴にぴたりと合う足の持ち主はなかなか見つかりません。そしてとうとう王子様は、シンデレラの屋敷にやってきました。

「ガンジー様と家族になれるチャンスだわ!」

継母千鶴子はそう言うと、いのいちばんに靴に足を突っ込みました。

「私がガンジー様の娘になったら、ああ、夫の父親との禁断の愛……」

妄想を暴走させていた千鶴子でしたが、靴は小さすぎて入りません。次にいちばん上の娘のパパイアが試してみました。

「身長175もあるのよん。入るわけないでしょー!」

「ケケケ、姉さん、纏足しとけよー! てんてん纏足、てんてまりーっ」

もちろん入りません。

「無理だ」

「入らないわよ。フンだ」

ナギとマジックももう少しと言うところで入りません。王子様はマジックの刺す様な視線から出来るだけ目を逸らしながら言いました。

「この屋敷には、もう娘はいないのか?」

「はあ……前妻の忘れ形見がひとりおりますが。とても王子様のお目を汚すわけには」

「構わないから、連れてきてください」

そうして、王子様の前にシンデレラが連れてこられました。

「千鶴子様、お呼びですか!?」

「いいから! 静かにして。この靴を履いてみるの。さっさとしなさい!」

千鶴子はぽかっとシンデレラを叩きました。

「痛いですぅ……」

シンデレラは頭を擦りながら、ガラスの靴を手にとって……ゆっくりと足を入れました。





ゼス王宮。

「アニス、どこにいるの!?」

千鶴子はいつものようにアニスを探していた。そこへ、アニスが嬉々として走って来た。

「千鶴子様! この本とっても面白いですよ! 読んでみてくださいっ!」

千鶴子はアニスの差し出してきた本をしげしげと見ると、

「……『シンデレラ』じゃないのっ! こんな童話なんて読んでないで、少しは魔法の勉強でもしなさいっ! 馬鹿アニス!」

ぽかっとアニスを叩いた。

「痛いです、千鶴子様」

そんな様子を、サイアスとアレックスが見ていた。

「千鶴子様とアニスの関係は、シンデレラの物語で言うなら、さしずめ継母とシンデレラだな」

「そうですか?」

「アニスはいつも虐げられているじゃないか」

「そうですけど。……ひとつ、決定的に違うところがあります」

「うん?」

「彼女は千鶴子様を好きだってことですよ。アニスさんは、たとえ灰まみれになっていても、それで幸せなシンデレラなんです。みすみす王子様との結婚を見逃すような、そんな人です。多分」

「違いない」

ふたりは笑いあった。

「アニス! アーニース!」

「はいっ! 千鶴子様お呼びですか!?」

そうして、今日もゼスに千鶴子の怒りとアニスの悲鳴が響くのだった。














あとがき

突発的に思い付いて速攻で書いたシロモノです。勢いで書いたもので、内容も内容なのであまり深くは考えてません……。書き上げてから、「フルメタ」にこのネタあったなーと思い出しました。でもまあいいでしょう(よくない?)。しかしアニス主役なんて、なんでまたマイナーなものを書いているんでしょうね、私は。そんな自己満足なシロモノですが、もしこれを読んで楽しまれた方がいたら、嬉しいですね。

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