まねしたとライカンスロープ |
「さて……困りましたね」 ジークは悩んでいた。黄色く大きな腕は胸の前で組まれ、つるりとした顔は珍しく眉間にしわが寄り、彼の悩みが深いことを示していた。 悩みとは使徒の事である。 「ジークはさぁ、使徒を創らないの?」 きっかけはサイゼルの一言だった。 その時氷のエンジェルナイトの魔人は、新たに創った使徒のお披露目をしていた。雪女の女の子モンスター『フローズン』から創られた使徒ユキが、サイゼルにくっついて魔王城にやってきていたのだ。 「私は別段、必要とは感じていないので」 ジークはそう答えた。使徒は魔人の手足であり、主に魔人の身の回りの世話をすることが多い。魔人一の紳士をもって任じているジークは、召使など必要としていなかったのだ。 「ふーん、そう。でも魔人は使徒をもって初めて一人前になるって言うし」 だから私もこの子を創ってみたんだけど。などと呟くサイゼル。確かに、その手の話は聞いたことがある。使徒も創れない魔人は半人前だ、と。 だがジークは首をかしげながら尋ねた。 「しかし、失礼だがサイゼル……貴女はそれほど満足そうには見えないのだが」 「あはは……はは。やっぱりそう見える?」 「ケーケケケ! そんなわけないじゃん!? ユキちゃん理想の使徒になりますですよー?」 サイゼルの背後に控える使徒、ユキが異様にテンションの高い甲高い声を上げた。サイゼルは頭を抱える。 「なんでこんな娘になっちゃったんだろう? おとなしそうなフローズンだったのに」 しかし今のユキはどうみても……頭のネジが一本といわずまとめて外れてしまったかのような性格であった。 「でもね。まあ、そんなに外れてないと思うんだ。あの話」 「ほう。何故ですサイゼル」 サイゼルは力無く笑った。 「あの子のおもりをしてるとさ、自分がわがまま放題だったのがわかっちゃったりとか。いつもあの子より大人でいないとダメだから、そういうトコあたし、変わったと思う」 その言葉に、ジークはサイゼルをあらためて見つめた。確かに、以前のサイゼルならこんな複雑な表情は見せなかっただろう。 「……なるほど。確かに」 「そーいうこと。だからジークも使徒創ってみなよ。それであたしと苦労を分かち合って〜!」 「結局、愚痴が言いたいだけですか……?」 実際問題として、使徒を持っていない魔人はほとんどいない。それは使徒を持っていないと日常生活が不便であるという理由が大きい。魔人は魔物の頂点に立つスペシャリストたちであるのだが、それゆえ社会不適合者たちでもある。誰かに世話を焼いてもらわないと生活出来ない魔人は多い。もちろん魔物を使役することも出来るが、ただ恐怖だけで支配するので、心のこもった世話などは期待出来ないのだ。 ジークはまねしたの魔人だけはあり、器用なので、自分の面倒を見るのに困りはしない。だがサイゼルとユキの関係を見て、ジークは自分の考えがあまりに硬直的だったと気付いた。召使ではなく、庇護する対象として。我が子のような存在として考えれば、そう。 「使徒を創るのも悪くはないかもしれませんね……」 と、いうわけで、ジークは使徒を創ってみようと思い立ったのである。 しかしひとつ問題があった。使徒とは創ろうと思っただけで創れるものではない。 使徒を創るにはベースとなるなんらかの生き物が必要である。魔人が自らの血を飲ませ、契約を結ぶことで初めてその生き物が使徒となるのだ。 「いったい何を使徒にすればいいのでしょうね」 それがジークの悩みだった。 「ひとつ、あたりを見て回るとしますか」 そう考えると、ジークは魔の森から飛び上がった。 魔の森にはいろいろなモンスターが生息している。ジークは空から森を眺めながら、考える。眼下にはデカントの集団が見えた。 「巨大で強力なモンスターは候補から外しましょう。守られるべきか弱い者を、私は選ばなくてはならない」 次に見えたのはヒトラーやゲーリング、ドーラといった魔法を使うものたちだった。 「聖魔法体か……あの者たちは魔法使いにしか従わない。ダメですね」 だんだんとスピードを上げ、魔の森が途切れる端にやってきた。真下にはうっぴーやはっぴー、スライムといったモンスターがうごめいていた。 「知性が低すぎる。せめて知性と感情を備えたモンスターが良いのですが……」 なかなかジークの眼鏡にかなう者はいなかった。 そうこうしているうちに、ジークは巨大な要塞の上に差しかかっていた。魔路埜要塞。魔法国ゼスが建造した、魔物の世界と人間界をわける境界線である。 ドッカーーーン。 ジークの接近に反応した砲塔が、自動的に砲撃を開始した。白色破壊光線に匹敵する光線がジークに向かって浴びせられた。 だがジークは気にした風もない。魔人はそのような攻撃を受け付けない。光線はジークの身体に毛ほどの痛痒も与えはしなかった。 「……少し、人間界を探してみるとしましょうか」 ジークは要塞を飛び越え、ゼス国内へと降りていく。そして姿を変えると、人込みの雑踏に紛れていった。 ゼス東部の都市イタリアの街外れ。 二級市民が多く暮らすこの街は、その外側にはさらに溢れた人々が細々と暮らしていた。ここには飢えと貧困と暴力と絶望がある。弱肉強食の世界。ここでは弱いものはむさぼられるのみだ。それはモンスターも例外ではなく。弱さを見せればたちどころに餌食となる。 その中に、この場には不釣合いな貴族の姿があった。供もつけず、たったひとりで歩いている。若い男だ。 民衆たちはひそひそと遠巻きにその貴族を眺めていて、襲おうとはしない。男はひょろりとした背丈で、腕っ節が強そうには見えなかったが、この国の貴族とは魔法使いのことである。男が一言呪文を唱えただけで、数人の暴漢など炎に巻かれるだろう。そう恐れて、誰もそばに近寄ろうとはしなかった。 男は何かを探しているように、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いている。しかし二級市民たちは目が合うと「ひっ!」と叫んで逃げ散ってしまった。男はやれやれといった風に首を振ると、さらに郊外へと足を進めた。 どんどん歩いていくと、建物も人影も少なくなり、陽も傾いてきた。しかしどうやら男のお目当てのものは見つかりそうになかった。 (また空振りか……) そう思い、貴族の青年が踵を返そうとしたその時だった。 「いやあっ!」 すぐそばの茂みの影から、女の悲鳴が聞こえた。青年は思わず、跳ねるようにそちらへ向かった。茂みをかき分けるように進むと、見えてきたのは、みすぼらしいなりにも武装した数人の男たちだ。また悲鳴がした。近い。男たちに気付かれないように木の陰から様子を窺うと、ようやく声の主が青年の目に入った。 男たちは数人で娘をいたぶっていたのだ。黒とピンクの服を着た、赤毛の娘だ。娘は男たちの足元に転がされ、殴る蹴るの暴行を受けている。しかし貴族の青年は奇妙な違和感を覚えた。 若い娘を取り囲む粗暴な男たち。あたりに人はいない。となれば、男たちが娘を襲うのがむしろ自然のなりゆきに見える。しかしそうではない。だからといって、男たちからは殺そうという気も感じられない。それで若い貴族は理解した。娘は人間ではないのではないか。 その考えを裏付けるように、耳を澄ませた青年に男たちの罵り声が聞こえてくる。 「おらおら! はやく変身しろってんだよ!」 「うあっ、ああっ!」 「ただのライカンスロープじゃ売れねぇだろお。変身しろよ!」 「ホレ、看護婦さんになりやがれ!」 「花嫁でもOLでもいいぞ」 「ボクサーになるんじゃねぇぞ!? あれは安いからなァ!」 「いやぁああ! やめて! 許してよぉ!」 娘はライカンスロープという種族の女の子モンスターだ。強くはない。ある程度のレベルの、武装した人間の男数人で囲んでしまえば、人間が負けることはないだろう。見た目にも特徴のないモンスターである。しかしライカンスロープには特殊な能力があった。『変身』である。コスチュームを変え、様々な職業に変身することでパワーアップするのだ。 ライカンスロープが変身したモンスターは、珍しく、その手のコレクターには高く売れる。男たちはライカンスロープをいたぶって、変身するのを待っているのだ。ただし殺してしまっては意味がない。生かさず、殺さず。もはや抵抗する気も失せたライカンスロープを、男たちはなぶり続ける。 貴族の青年は全てを理解して、卑劣な男たちとライカンスロープの娘を見、そして自分のなすべきことを知った。 「んだよ、コイツ。ぜんぜん変身しやがらねぇ」 「もしかしてハズレかぁ?」 男たちはなぶるのにも飽きたのか、手を止めてぐったりしているライカンスロープを見下ろした。変身が売りのライカンスロープだが、稀に力の弱いものは変身能力を持っていない者もいる。だとすれば、命の危険が迫ったとしても、変身はしないだろう。 「ハズレならしょうがねぇ、殺しちまうか」 「まぁ待て。どうせ殺すならその前に――」 男のひとりがベルトに手をやった。 「うぇ、俺はそんな趣味ねぇぞ!」 「これがわりとイイんだよ。ま、人間の女には負けるけどよォ」 カチャカチャとズボンの前を開く音に、ライカンスロープの娘は「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げた。 犯される。 女の子モンスターにはそれは耐えられないことだった。女の子としての恥辱に加えて、人間の精液は女の子モンスターには毒なのだ。数回のセックスで、死に至ってしまう。 (ああ、でもどうせ殺されるなら……同じことじゃない) ライカンスロープの娘がそう覚悟した時、その声がした。 「待ちなさい」 いっせいに振り返る男たち。そこには貴族の青年が立っていた。普通の二級市民ならば彼を恐れただろうが、この男たちは怖いもの知らずのならず者たちだった。 「あぁ!? なんだテメェは!」 男のひとりがドスのきいた声で、下から青年をねめつけた。手にはすばやく取り出したナイフが握られている。青年の返答次第ですぐにその首を掻っ切ってやろうという気だ。 だが貴族の青年は動揺した様子も見せず、静かにこう言った。 「私がそのライカンスロープを買いましょう。いくらです?」 「ハ? 何寝惚けてんだ。こいつは金の卵なんだよ。はした金じゃ売れねぇな」 今まで殺そうとしていたことを棚に上げ、男ははねつける。だが青年も引き下がらなかった。 「そちらの言い値を払います。いくらですか?」 「……1万GOLDだ! びた一文まからんねぇ」 男はいやらしい笑みを浮かべながら相場の数十倍の値段を言った。貴族の青年は一瞬眉をひそめると、懐に手を差し入れる。 「わかりました。受け取りなさい」 青年が懐から手を抜き出すと、そこには黄金色のかたまりが乗っていた。 「おお!? こりゃすげぇ! いいぜ。コイツは持っていきな!」 顔が映りそうな輝きの金貨に、男たちは歓声を上げ、ライカンスロープを開放した。そうして男のひとりが金貨に手を伸ばそうとした時。 ズン。 「え?」 鈍い音がして、男は自分の腹を見下ろした。あり得ない光景だった。腹から何かが生えている。その先を辿っていくと、青年の手の平。それはさらにあり得ない。手の平の先が、黄色く変色し、刃のように伸びて、男の腹に刺さっているのだ。その刃に、ぼたぼたと赤い液体がこぼれた。 「げ……が、は……!」 口から血をぶちまけて、腹を裂かれた男が倒れる。一瞬遅れて事態を把握した男たちが怒声を上げ、飛び掛ったが、それは無駄な行為だった。 「この野郎!」 「バケモノがっ!」 「死にやがれぇぇ!」 変身を解いたジークの腕が男たちを引き裂くのに、一秒もかからなかった。 「あ……ああ……」 ライカンスロープの娘はがたがたと震えていた。無理もない。魔人は人間にとって恐怖の存在だが、それはモンスターにとっても同じなのだ。魔人とは絶対的な恐怖。人も魔物も戯れで殺してしまえる圧倒的な力の持ち主。そう、たった今人間たちが肉塊と化したように、娘も肉片にされるかもしれない。 完全に人の姿を捨て去り、モンスターの姿に戻ったジークは、少し俯いてネクタイを整えると、娘に向かってゆっくりと近付いてきた。怖い。けれど逃げることなど出来ない。娘はただ震えて、ジークが目の前まで歩いてくるのを見つめていた。 しかし娘の目の前に立ったジークは、娘の想像とは180度違う行動を取った。 「大丈夫ですか?」 まるで騎士がかしずくように娘の前にかがみ込むと、その大きな腕で娘の身体を優しく包んだのだ。 「きゃっ!」 娘は抱え上げられる恥ずかしさに声を上げたが、嫌な感覚ではなかった。大きな黄色い腕はあたたかくて力強くて、とても安心できたから。 それに見上げると、つぶらな青い瞳が優しく見下ろしているのが見えた。魔人への畏怖は消え、この魔人が自分を助けてくれた事を、娘は理解して、呟いた。 「ありがとうございます……」 けれど頭は朦朧として、身体の痛みは酷かった。 ジークは抱き上げた娘の身体を見た。 傷は浅くない。ずいぶん長い間いたぶられていたと見え、ライカンスロープはもう瀕死に近かった。息は荒く、顔からは血の気が引いており、その目蓋は今にも閉じられてしまいそうだ。 娘はまさにジークが求めていたものだったが、今からさせる選択の卑怯さに、ジークはかすかに心を痛める。しかし決心して、ジークは口を開いた。できるだけ優しく、噛んで含めるようにゆっくりと。 「礼を言うのはまだ早い。ひどい怪我です。このままではあなたは死んでしまう」 「え……いや……死にたくないよ……」 「残念ですが、私は回復呪文を知りません。応急処置の知識もない」 「そんなぁ……」 「しかしあなたが……私のものとなるならば、ひとつだけ方法があります」 「? それは……」 ジークは自分の指を口に含むと、鋭い牙で傷をつけた。ぽたりと赤い血が娘の頬に落ちる。 「私の血をお飲みなさい。それであなたの傷は癒される」 ぽたり、ぽたり。赤い雫が涙のように娘の頬を濡らす。 「ただし、あなたは今までのあなたではなくなる。私の使徒になるのです」 「……使徒?」 「部下のようなものであり、召使のようなものでもある。歳を取らず、永遠に存在し、主人の為に尽くし、生きるものです」 ジークはそのまま、娘の返答を待った。無理矢理血を飲ますこともできたが、ジークが欲しいのは奴隷ではない。けれど娘は、ほとんど迷うこともなく、こう答えた。 「なります……使徒」 「良いのですか?」 「だって、カッコ良かったから」 「カッコ良い?」 ジークの驚きに、娘は微笑んでこくんと頷く。 「ずっと思ってたんです。あんな風に変身が出来たらなぁって」 ほうっと蕩けたような顔で、娘はジークを見上げた。 「わたし、ライカンスロープなのに、ずっと変身できなくて……おちこぼれで」 「……………………」 「さっきも、変身して強くなって、あんな男たち、ボロ雑巾みたいにしてやろうって……でも怖くてできなくて。えへへ、馬鹿ですよね」 娘の目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。それと対照的に、娘の心音が小さくなっていくのをジークは感じていた。 「……こんなわたしでも……使徒になれたら、変身できる、ように……なります、よね?」 言葉が途切れ途切れになり、娘は息も絶え絶えに訴えた。 「きっと――」 そして、その瞳が閉じられそうになる。 ジークは再び指を口に運んだ。こんなものでは、足りない――! ぎち、と肉の裂ける音が響くと、口から離した指は千切れそうなぐらい傷が広がっていた。ぼだぼだと夥しい量の血液が、傷口から流れ出す。 「飲むのです!」 ジークは叫んだ。 「私の血を飲み干し、そして誓いなさい! 私、魔人ジークの使徒となると!」 ジークは賭けたのだ。生き物が使徒になるとき、その姿は変化する。その法則は知られていないが、魔人の望みと使徒の望み、そのふたつの思いが影響すると噂されている。 「ならば私は願う! 私の使徒に、ライカンスロープとして類い稀なる変身能力を与えると!」 そしてもうひとつ。使徒の能力は魔人に与えられた血の量で決まる。ジークの指から流れ落ちた血液は、娘の顔を真っ赤に染め、娘の口から溢れんばかりだった。 そして――ごくり――娘の喉が、口に溜まった液体を嚥下した。変化が、起こる。 「ジーク様、わたし……」 娘が意識を取り戻し、目を開けると、覗き込んでいたジークの顔がそこにあった。 「もう大丈夫です。契約は終わりました。でも落ち着くまで、もうしばらくじっとしていなさい」 「はい……」 草地に寝かされているようだった。身体の痛みは無くなっていた。傷が消えている。心なしか、服装も以前とは変わっていた。 「わたし、ジーク様の使徒になったんですよね……」 ぐるりと首をめぐらして、娘は傍らのジークを見上げた。それで見てしまった。ジークの顔が苦痛に歪んでいたのを。見れば、ジークの右手の指が一本千切れかかっていた。 「ジーク様っ、それは!?」 がばっと跳ね起きて、それから、気付いた。 「わたしのせいですね? わたしのために、ジーク様……」 「……あなたが気にすることではありません」 青ざめる娘に、ジークは微笑んだ。けれどその笑みは痛みのためかぎこちない。それで、娘はさらに取り乱した。 「でも! ああ、わたしがワー看護婦に変身できれば――」 変化がおきたのはその時だった。その言葉が終わらないうちに、娘の姿が変化したのだ。 「――こうしてジーク様を治療してさしあげられるのに! ……って、あれ……?」 いつの間にか包帯をもってジークの黄色い指に巻きつけている自分に気付いて、娘は戸惑った。ピンクのナース服に、ナースキャップ。ご丁寧に名札までついている。 その一瞬の変化には、ジークも目を見張るほどだった。 「ジーク様、わたし……変身してる。変身してます! わたし、わたし……!」 身体全体で喜びを表して飛び跳ねる娘を、ジークは優しく見下ろした。 「治療も完璧ですよ……。おめでとう。あなたは望む姿になれたわけですね」 「ありがとうございます! これもジーク様のお陰です!」 治療が済んで、娘はまたパッと元の姿に戻る。そうして落ち着いて、ようやく、ジークは大切なことを聞きそびれていたことを思い出した。 「そういえば、まだ聞いていませんでしたが――あなたの名前は?」 はしゃいでいた娘は、その言葉にびくっと身を震わせた。そうして神妙そうにジークに向き直る。その瞳はきらきらと輝いていた。 「そんなもの――ありません。わたしはジーク様の使徒として生まれ変わったんです。ジーク様がつけてください!」 「……わかりました。そうですね……あなたの名前は――」 ジークはしばらく娘の顔を見つめた後、ヒントを探すかのように空を仰いだ。時はすでに夜にさしかかり、空には星がまたたきはじめていた。 「オーロラ――というのはどうです」 オーロラ。娘はその言葉を口の中で転がして、微笑んだ。 「綺麗な響きですね。どういう意味ですか?」 「ヘルマンの北、シベリアの地で夜空にケープのようにかかる光の帯のことです。七色に変化し、光輝く美しい現象です。あなたはライカンスロープの使徒。そして私、まねしたの魔人ジークの使徒なのですから。オーロラのように、美しく変化して欲しいと願うのです」 「ジーク様…………あ、ありがとうございます! オーロラは幸せです。ジーク様の使徒になれて!」 オーロラはジークの長い首に抱きついた。ジークは、そんなオーロラの頭をぽんぽんと撫でていた。オーロラが嬉し泣きをやめるまで、いつまでも…………。 |
2004.9.26 |