幸せの在り処

 

 

「撃てーっ!」

 エレノアの声と共に放たれた魔法戦士達の雷撃が、束ねられた大電流となって、味方の陣を飛び越え敵陣へと吸い込まれる。鎧騎士で構成された軍は例外なく餌食となって、その足並みを乱した。そこへミリに率いられた赤の兵士たちが波のように襲い掛かる。エレノアはその様子を見守りながら、ひとつ溜息をついた。

「エレノア隊長……?」

 副官の娘が、それを見逃さずに心配そうな声をかけた。

「なんでもないの。……少し疲れただけ」

 なかばひとり言のように呟いて、エレノアはすぐに指揮官の顔に戻る。

「まだ、ポルトガル軍はこれぐらいでは崩れないでしょう。息を整えたらミリの軍の援護に加わります。準備を」

「はい」

 副官が離れたのをちらりと横目で確認して、エレノアはまた溜息をついた。

「なんで、私こんなことしてるのかな……」

 それは、部隊を束ねる者が、思ってはいても口に出してはならない台詞。

「……でも、私がやらないと」

 エレノアの目に、混戦模様となった戦場が映る。友達であるミリの率いる赤軍の兵たちの鎧が、敵の飾り気のない灰色と混ざり合って、まだらに見えた。

「隊長、突撃準備整いました」

「……行きます」

 短く、命令。そして戦場はさらに激しさを増して、次第にリーザス軍の優勢へと傾いていった。




 ぱちぱちと炎がはぜる音。焼け付く熱風。

「なんてことっ……!」

 エレノアは息を飲んだ。ポルトガル軍は都市へと逃げ込んで、戦況は市街戦となっていた。そして、街の各所からは火の手が上がり始めていた。王命で略奪を禁止しているリーザス軍だ。もとより街の破壊は目的としていない。意識して火を放ったわけではない。しかし戦いの混乱の中で、炎は何処からか燃え上がっていた。

「火を消して!」

 戦いはもう終息を迎えている。エレノアは部下に叫んだ。戦争で殺し合うことすらエレノアにはつらいことなのに、無関係な市民が巻き添えになることなど考えたくもなかった。

「プルーペットの屋敷が燃えています!」

 部下の言葉に、エレノアは振り返った。街の中で一際大きな屋敷が業火に包まれていた。




 駆けつけたときには、屋敷はほとんど焼け落ちていた。

「おお。ランちゃんも来たのか!?」

「ランス君?」

 かけられた声に、エレノアは驚いて声の主を見た。現リーザス国王ランス。今回の攻略作戦には部隊を率いず司令部にいるはずなのに、何故ここにいるのだろう。エレノアの心中の疑問に、ランスが口を開いた。

「レベッカちゃんを助けに来たんだが……ちっ、もうほとんど廃墟じゃあないか。一足遅かったか?」

「ごめんなさい。こんなことになるなんて……」

 エレノアが謝ると、ランスは煩わしそうに手を振った。

「ランちゃんのせいじゃないだろうが…………ん?」

 ランスの声に、エレノアも顔を上げる。と、焼け落ちた屋敷に、ふらふらと揺れている影がひとつあった。

「あれは……女の子?」

 エレノアの呟きが終わる前に、ランスは駆け出していた。

「あっ、待ってランス君!」

 エレノアも後を追う。近づくにつれ、その影がはっきりとしてくる。虚ろな目をして佇んでいる、一人の少女。大きなリボンに飾られた紫の長い髪と、白と黒の服はすすに汚れている。その少女にエレノアは見覚えがない。しかしランスが叫んだ。

「やっぱり……レベッカちゃん!」

 その声にびくっと震えて、少女はこちらを振り返った。そして目を見開く。

「無事だったか、良かったぞ」

 ランスが手を伸ばすと、しかしレベッカは口を開いた。

「っ……っ……で…………来ないで! さわらないで!」

 その切羽詰った声に、エレノアとランスは思わず足を止めた。かたかたと震えるレベッカの手には、一本のナイフが握られている。小さくとも、レベッカの細い首を切り裂くことは出来るナイフだ。

「私を……このまま、死なせてください……」

「何を言っているんだ。せっかく助かったのに……」

「助かっても!」

 ランスの言葉を、レベッカの叫びが遮った。

「助かっても……私……私……プルーペットに身体を改造されてっ……その上、額に妙な装置を付けられて……」

 エレノアの目に、レベッカの額に張り付いている三角形の板が映った。

「躰を好きなようにされて……何人も、何人も……貫かれて、犯されて……私……私……一杯、一杯汚されてしまって……生きている価値なんかない!」

 悲痛な叫びに、エレノアは心を刺されたように感じた。エレノアには、彼女にかける言葉が思い浮かばなかった。

「……人形みたいだったのは、……プルーペットのせいだったのか」

 少し、驚いたようなランスの声。それを聞いて、レベッカも少し悲しそうに俯いた。

「……うん……でも、そんな状態でも……私が何をさせられているのか、わかっていた……わかっていたわ……だから、私ッ……!! 嫌なの、もう……」

「しかしそれは、自分の意志じゃあないだろ? プルーペットが悪いんだ。君がそんなに自分を責める必要はないだろう?」

 ランスの慰めの言葉が聞こえた。

「悪人の姿は見えない。自由になったんじゃないか。だから……」

 今一度、ランスが手を差し伸べようとする。しかし、

「っ……絶対に、さわらないで!!」

レベッカは震えて、自分の喉にナイフの切っ先を宛がった。

「貴方だって、お金を払って、私を……」

 レベッカの恨みの篭った目が、ランスを見詰めていた。エレノアも、つられるようにしてランスに目を向ける。そこにはわずかに困惑したようなランスの顔があった。それは、レベッカの言葉を肯定している。そしてその口から出た言葉も。

「それは……その、済んだことだ。気にするな」

 謝罪の言葉ではない、それがレベッカを激昂させる。

「勝手なことばかり言わないで! 私の気持ちなんか、どうでもいいんでしょ!」

 感情を殺されていた少女の、おそらくは最初で最後の、感情の爆発。その言葉は、驚くほどに――。

「……もう、男の人の幸せを紡ぐための道具にされるなんて――」

 レベッカの手が動き、ナイフの切っ先が白い肌を切り裂く。それをエレノアは、見ている。

「――いっ……嫌ッ……!!」

 そして、レベッカは喉から血を噴水のように上げながら、地面に倒れた。

「早まったことを……」

 ゆっくりと、地面に血の色が染み込んでいくのを見詰めながら、ランスは呟いた。

「おのれ、プルーペット!! 女の子をここまで追い詰める奴、許せん!」

 その言葉に、ようやく呪縛を解かれたようにエレノアが口を開いた。

「ランス君……あなたは……」

「何だ……?」

「………………なんでもない……わ……」

 エレノアは静かに首を振ると、レベッカのなきがらの上にしゃがみ込んで、そっとレベッカの目蓋を閉じさせた。






 夕暮れ。戦いは終わって、ポルトガルはリーザス軍の占領下に置かれた。その臨時司令部のテントのひとつ。

「どうしたんだい? いつにも増して元気がないね、ラン」

 ひとり沈んでいたエレノアに、聞き慣れた馴れ馴れしい声がかけられた。エレノアはぎこちない笑みを浮かべて、顔を上げた。

「ミリ……」

 色っぽく肌を露出させた、金色の軽装の鎧を身につけた女戦士の姿がそこにあった。ミリはエレノアと同じカスタム出身で、年もちょうど同じの友人同士だ。

「ううん、なんでもない」

「そうは見えないけどな」

 前髪に半ば隠れたミリの瞳が、覗き見るようにしてエレノアを見た。

「せっかく戦いに勝ったってのに、指揮官がそんな顔してちゃ、駄目だね」

「ごめんなさい……」

 エレノアは俯く。ミリは、身体を寄せるようにして、その横に腰を下ろした。

「言ってみなよ。どーせランスのことだろ? やらせろとか、やらせろとか、やらせろとか言われた?」

「あ、そ、そうじゃなくて……でも、うん、ランス君に関係あるのかな」

「あーんまり、思いつめない方がいいよ、ラン。あんたは真面目で、そこがイイんだけど……生真面目に過ぎるのも、俺はどうかと思うね」

 ぽんぽんと背中を叩かれて、やっとエレノアは少し顔をゆるませる。

「それって、誉めてるの? それとも貶しているの、ミリ?」

「さぁて……」

 ミリはひょいとかわして、背中に回した手を今度は肩に回してエレノアを引寄せる。

「少しは元気出たみたいだね。もっと元気、出したかったら……慰めてあげるよ。か・ら・だ・で」

「遠慮しておきます」

 エレノアがするっと逃げ出すと、ミリは少し残念そうにした。どこまで冗談なのやら、とエレノアは思う。

「ああ、でもほんとうに何か悩みがあったら、相談に乗るぜ?」

「うん……ありがとう」

 エレノアは微笑んで頷いた。でも、この悩みはエレノアがひとりで抱えなくてはならないもの。そうでなければ、意味のないこと。だから言った。

「でも、いいの。……これは、私の問題だと……多分、そう思うから」

「そう……か」

 ミリはそれで口をつぐんだ。しかしふと思い出したようにぱっと立ち上がった。

「そうだ、これ、ランにあげるよ」

 そう言って手を差し出すと、その指にはめられていた赤い宝石のついた指輪を抜き取る。

「え、それ……?」

「前に、デンジャラスホールを探索したときに見つけた指輪さ。ランスは俺がつけてていいって言ったんだけど。剣振るとき鬱陶しいし……なんか、性に合わなくてね。きっとランの方が似合うと思うよ」

 困惑するランに構わずに、ミリは恭しくランの手を取ると、その指にそれを嵌めた。

「これな、幸福の指輪って言うらしいから。ランがそんな不幸そうな顔、しないでもいいように、おまじないみたいなものと思ってくれれば」

 笑って言うミリに、ランは戸惑いながらもお礼を言った。

「ありがとう……ミリ、ほんとに」

「ん、いいって」

 エレノアは、素直に嬉しかった。






 リーザスに戻って、しばらくした頃。エレノアはミリが倒れたことを知らされた。

 天才病院に収容され、ベッドに寝かされているミリを見舞ったとき、エレノアは涙が零れた。

「ぐす……エレノア……」

「ミル……」

 涙を浮かべて、ミリの幼い妹のミルが、エレノアを迎えた。そして、すすり上げながら、ぽつぽつと話し出す。

「お姉ちゃん、病気だったんだ。いつ発病するかわからない病気で……ゲンフルエンザっていう……」

「そ……んな……」

 その病名は、聞いたことがあった。緑化病と並んで奇病とされている、不治の病だ。

「どうして……なんで? 薬は、ちゃんと飲んでたんだよ。人によっては、ずっと……死ぬまで発病しない人だっているのに! お姉ちゃん、まだ21なんだよ……?」

 どうしてか。子どもの純真な心から発せられたその問いに、エレノアは答えられなかった。残酷に言うなら、不運だった、としか言いようがない。

 そう考えてから、ハッとエレノアは自分の手を見た。そこに光る赤い石のついた指輪を。

「……まさか、そんなこと…………ううん、あるわけない……」

「うっ……うううぅ〜〜」

 ミルの泣き声に、しかしエレノアは胸が締め付けられるようだった。






 自室に戻って。エレノアはベッドに腰掛けた。最近の、いくつかの出来事がまるで繋がったことのように思い出される。

 リーザス国王となったランスと、カスタムの都市長となっていた自分の再会。ランスとのふたりきりでの取り決め、取引。そして伽。

「レベッカ、って言った……」

 エレノアはあの少女のことを思った。レベッカ。噂には聞いていた、抱けば幸運を授かると言う不思議な娘。けれども彼女は望んでそうなったのではなかった。自分の身体を変えられたこと、そして自分を抱いた男たちを恨みに、エレノアの目の前で自分の命を絶った。

 自分もそうするのだろうか。とエレノアは思う。自分の意志のままならないことで、否応なく身体をもてあそばれて、そして……――。

 おそらくは。






 同じ頃、王の寝室で。

 ランスは、レベッカのことを思っていた。この男にしては、それは珍しいことだった。ランスにとって女の子は好きだから、いつでも抱きたい。嫌がられたり、泣かれたりするのも、それはHを楽しむスパイスだ。しかし心の底から泣かれたり、よもや死なれたりしたら……――。

「ええい! やめだやめだ! あんなことがあると、どうも辛気臭くなっていかん」

 ランスは大袈裟に頭を振ると、やおら立ち上がった。

「すぱっと頭を切り換えるぞ。さて、今日は誰とするかな?」

 大きな音を立てて扉を開けて自室を出ると、のしのしと大股で歩き始める。頭の中で、さっきの思考とどこか繋がっていたのだろう、ひとりの娘が思い浮かぶ。

「よし――」

 ランスはスキップをしながら、廊下を進んでいった。






「ミリ……」

 次に口をついて出たのは、病の床にある友達の名前だった。

 今はない、以前は左手にはめられていた、赤い輝きを放つ指輪を思う。幸福の指輪だという。幸福とは、授かるものなのだろうか。それは、誰かから幸福を奪ってくることではないのか。ミリからあの指輪を譲られたことは、彼女の幸福を奪ってしまったことだったのだろうか。ミリがあの指輪を譲ってくれて、程無くしてゲンフルエンザに倒れたのは、偶然の符合だと思う。でも、あの時エレノアはそっとミリにその指輪を返した。とすれば――。

 エレノアはひとりの思考に沈むと、いつもいつも、悪い方向へと際限のない悪循環を繰り返す。

 そっと、自分の身体を抱きしめるようにした。抱擁が、あたたかいものだと。このままでは、それすらも感じられなく、嫌悪へと変わるかもしれない。将来に、愛する男性が現れたとしても、抱かれることが出来なくなるかもしれない。それは、嫌だ。もう、好きでもない男に抱かれるのは、嫌だ。

 ならば、それを拒んだとして。自分が幸せになる未来を手に入れる代償は、誰が払う? それは友達。マリアと志津香が、ランスの毒牙にかかることになる。自分の責任で、友達が犠牲になるなど、そんなことは耐えられない。

 幸福は、みんなに等しく分け与えられるものではなく、転々とその在り処を変えるものなのだろう。だとしたら、自分のところには幸福の居場所がなかったのかもしれない。それを変えたのが彼だとしても。

「うっ……ううっ…………」

 涙が、ぽろぽろと零れた。

「でも、もう駄目なの……。ごめん、みんな。ごめんなさい……」

 届かない言葉で、ひとり謝る。そして、エレノアの震えた手はそっとナイフへと伸びた。それは奇しくもレベッカの手にあったものとそっくりだった――。

 

 

 

 

 



 あとがき

 杢之介さんのリクで書いた77777HIT記念SSです。……暗いですが。リク内容は、7並びにちなんで「エレノア」「略奪」「幸福の指輪」「抱擁」「プルーペット」「噂」という6つの単語、それに私DHAの方でひとつの単語を加えた7つの単語の入ったSSを。ということでした。なんて難しいリクエスト出すんですか(笑)。私の方からはタイトルでもある「在り処」という単語をチョイスさせてもらいました。いや、たまたま「私のありか」が目に入ったので。

 それで内容ですが、「エレノア」「幸福の指輪」と「プルーペット」つながりでレベッカを中心にして構成してみました。なんか、自分で書いててよくわからないとも思った(汗)のですけど、いちおう自分的には解釈の出してある話になってます。なんとなく、そこらへんを感じ取っていただければ嬉しいですが……。

 蛇足を言うと、幸福の指輪は「経験値2倍」の効果を持つアイテムですが、その効果はこの時点では知られてはいません。プレイヤーは効果を確認できますけど、キャラクターたちにはよくわからない謎のアイテムだということでひとつ。

2001.1.16.DHA 

 

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