プランナーの回想

 

 

 そこは虚空に浮かぶ大陸のはるか深く、地中にぽっかりと空いた巨大な空洞。そこに2kmはあろうかという巨大な白いくじらが浮かんでいる。そのくじらこそ創造神ルドラサウム。この大陸とそこに住まう生物を創り出した神だ。

 ルドラサウムは己の楽しみのために大陸を創り出した。生き物が互いに争い殺し合いをする様が彼の者の悦楽。そしてこの無慈悲で残酷な創造神に破壊と混乱という供物を捧げるのが、三超神に連なる神と天使達の唯一の目的なのである。

 その三超神のひとりプランナーは、いつも通りルドラサウムのそばに控え主とともに世界を眺めていた。

「ふうん、おもしろいねぇ。リーザスがうごきだしたよ」

 ルドラサウムが無邪気な子供のような声でプランナーに話し掛けた。その赤い瞳が興味をかき立てられて輝いている。プランナーは無言でリーザス王国へと心の目を飛ばした。

 リーザスの国境を構成するサウスの町。そこからちょうど軍が進み始める所だった。赤い鎧を纏いリーザスの軍事力の象徴と呼ばれる大陸屈指の赤の軍だ。それがリーザス領外へと出ることは、先年のヘルマン第3軍のリーザス侵略時に操られて自由都市地域に進行した事を除けば、ここ数百年なかったことだ。しかもその軍が向かう先は、独立以来長年対立しているヘルマン帝国ではない。北に位置するヘルマンの正反対、南部の自由都市地域へ向かう進軍だ。

「ふふふ、戦争……久しぶりだねぇ。聖魔戦争からこれだけ文化が進歩して、戦争はどれだけドラマティックになったかな?」

 ルドラサウムは聖魔戦争以来実に600年ぶりの本格的で全世界的な戦争の予感に身体を震わせている。先代魔王ガイより魔王の恐怖の支配が休止し、1000年の間人間がこまごまと働きその文明を発達させていく事に興味を向けていたのだが、やはりこの神が最も興味をそそられるのは戦争のようだ。これまで人間たちの成長をじっと見守ってきたのも、完成させたおもちゃを壊してしまう喜びのためのように思える。

 プランナーはそんな主人の姿を見ながら、不可思議な感情に捕らわれている自分を見出した。自分の生みの親たる創造神だが、世界そのものをルドラサウムが創り出したのではない。ルドラサウムはまず彼ら三超神を生み出し、そして主にプランナーが大陸を設計して今の状態に創り上げた。ルドラサウムはその土台を提供しただけであって、ルドラサウムが気に入るように大陸を創ったのはプランナーなのだ。

 だが、この主人は作り、壊し、作り、壊し、また作り、壊す……。無垢な自我はそれだけにしか喜びを見出さないのか。プランナーはそんな親から分かたれ、しかしそれとは比べ物にならない豊かに成熟した精神を持っている。その心が、この非合理な感情を生じさせるのか、とプランナーは思った。だが彼はルドラサウムの創造物。単なる道具に近いものであり、ただただ主人の欲求を満足させる為に存在しているのだ。主人の目的に叶わない道具は、捨てられる運命にある……。今まで、この大陸をルドラサウムの意に叶うものに仕上げるまでに、数限りない失敗作を彼は自身の手で消滅させてきたのだから、その運命については彼が最もよく知り抜いていた。

 その最初の、そして最も記憶に鮮明なものは、彼が初めて魔王と魔人を創った時のものだ。



 大陸が形作られ、世界に生き物が満ち満ち、それらが互いに生存のために争い始めた頃のこと。プランナーの創り上げたその世界にルドラサウムはいたく御執心だった。しかしそれは一時の事で、次第により強い刺激、単なる生存競争ではない虐殺を好むようになった。それに応えてプランナーが創り出したのが魔王である。他のどんな生き物と比べても絶対の力を持ち、生きるためではなくただ殺すため殺す、そんな生き物だ。

「ふふふふ、くすくす、いいよ、これなんだぼくが求めていたのは……!」

 ルドラサウムは魔王の虐殺の様を見ながら、至極ご満悦の体でそう言ったものだ。そして魔王は自分の力を分け与え、手足となる魔人を創り出した。様々な魔人がいれば様々な虐殺が見られると判断したプランナーが与えた力だった。その意図は見事に的中してさらにルドラサウムを楽しませることとなった。

 だが数百年、そして千年を越える歳月が流れ、プランナーは自分の仕事が完全でなかった事を悟る事となった。魔人の一人が魔王を超える力を身につけ、魔王を倒してしまうという事態が発生したのである……。



「お前の時代は終わったんだよ、トロス!!」

 その魔人が魔王の首を掴み上げ、瀕死の魔王にとどめを刺したまさにその時に、プランナーはその場に実体化した。直接の干渉はルドラサウムがお気に召さない。しかしこれはプランナーにとって自身のプライドに関わることであったから、あえて直接手を下す事にしたのだ。

「魔人、いや新たな魔王よ……」

「何だ、お前は?」

 その返事に、プランナーは自分と主ルドラサウムの存在をもって答えた。そして世界の摂理を説き魔王を新たな僕とするべく話を進めた。しかし心の中ではどうやらそれが無理な考えであるらしいことも察していた。そしてその予想通り、魔王の答えはこうだったのである。

「うるせぇ! 創造神だかなんだかしらねぇが、俺が魔王、この世界は俺のものだ! それをどうにかされて黙っていられるか!」

「交渉決裂だな……」

 プランナーはその新たな魔王を認めはしなかった。その力を奪い肉体までも奪って、その魂を地獄へ落とし数千年の浄化へと任せたのである。



 そしてプランナーは全ての生き物に才能限界を設定した。魔人には魔王に従わなくてはならないという「ルール」を定め、血を媒介とするその存在そのものに組み込んだ。そして以来、魔王と魔人の構造は世界をうまくコントロールする役に立った。数千年にわたってプランナーの計画は誤差程度の修正で済んで来た。魔王を不死としたのも、それに対抗する勇者の存在の設定、そして魔剣と聖刀、それらすべてが大陸に生まれるドラマを予定調和の中で盛り上がらせた。

(だが、ここへ来て少々厄介な要素が入って来た)

 前魔王ガイ、彼はプランナーの予想を裏切り、異世界の少女に血の儀式を施し魔王とした。これが無視できない追加要素だ。凶悪な魔人を魔王に仕立て、人間界を攻めるように仕向けるのが彼の計画だった。それが予期せず変更される結果となった。しかしルドラサウムに言わせれば「よりドラマチックになった」らしいので、しばらくは様子を見ればよいだろう。

(ガイは我々の存在と、そして自分達この大陸すべての存在理由を知ったようだな……しかし、神に定められた生き物の運命は覆す事不可能だ…………私も含めて、な……)

 リーザスの侵略行動はプランナーにとって第二の予想外のファクターだった。しかしそれはさほど彼の計画に影響を与えるとは思えなかった。大陸中の個々の生物については、その意志の決定はまったく干渉される事はない。あるとしても下級神による天啓などの間接的なものでだ。自由意志への干渉は面白みを半減させるからだ。だからひとりの王の突飛な行動で歴史に変化が起こるのは、プランナーにとって予想の範囲内だ。特に人間がどのように行動しようと、結局は魔王の行動がこの大陸の運命を決めるのだ。

(しかし、このような行動を起こすのはどんな魂の持ち主なのだ?)

 プランナーは、リーザス軍から離れ、リーザスの王宮へとその心を飛ばした。そしてその玉座に座るその人間の個体――ランス――を不可視の力で探った。

「こ、これは……!?」

 その魂のうちに見出した性質に、プランナーは思わず声を上げた。才能限界無限。それは自分が封印した筈の性質。

「どうかしたのかい?」

 ルドラサウムが怪訝そうに声をかけた。

「い、いや……何でもない」

 何故そう答えたのか分からないが、とにかくプランナーはそれを主に隠した。

(だが……人間ごときがその性質を持ったとしても、何の意味もあるまい。その性質は不死の者が手に入れて初めて価値が生ずる)

 だから、それを見逃したのだ。自身をそう納得させる、しかしそれは彼の誤算。それとも神の摂理に縛られないその可能性に、プランナー自身がどこか憧れに似た思いを抱いていたゆえの、彼の希望か。

 その才能限界無限の性質が、数千年前のあの魔人、魔王を倒し創造神に歯向かったその魔人から分かたれた魂から受け継がれたものだということは、誰にも知られることがなかった……。そして、その魂の持ち主が大陸に、そして神にどのような影響を及ぼす事になるかは、これから明らかになる……。

 

 

 

あとがきのようなもの

江戸さんとわっとさんのやりとりを元に書いたSSです。トロス(仮)を倒した魔人がレベル無限の性質を持ち、また生まれ変わってランスになったという点と、ガイが神に対して何らかの企みを持っていたという点をおふたりのやりとりから拝借しています。まあ、あとは私の考えも混ざっているのですが。間違っても公式設定ではないので勘違いしないで下さいね(^^; 興味深いネタを提供してくださったおふたりには感謝を捧げます。

 

追加あとがき

この辺の設定、今は変わってしまったので合わなくなってきてますね……。というかトロス(仮)は消えたよ!

  

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