Prelude to Rance 〜シィル・プライン物語〜 |
そこは、街の中心に広げられた市場の活況の中でした。私は何かを見るということも無く、ただ瞳に行き交う人々の姿を映していました。 (おい、じじい! こいつ、この17000Goldの魔法使いの女は、本当にこの書いてある魔法全部が使えるのか?) 頭の上で誰かが何かを喋っています。でもそれは今の私には風と同じように、私を避けて流れていくものでした。 (おお、そうじゃとも。魔法も神魔法も必要なものは一通りこなせる。しかも手先も器用で、宝箱の鍵開けなんかもできるぞ。買うかね、若いの?) (う〜ん、高い! 15000にまけろ) だから、それが私の運命を変える会話だったと言う事も、その時の私は知りようもありませんでした。 「よし、お前は俺様が買った。お前、名前はなんだ?」 突然、意識が呼び戻された。目が焦点を結ぶと、目の前に私を見ている若い男の人が立っていました。 「シィル・プラインです、ご主人様」 口が、私の意思とは無関係に言葉を紡いだ。私にかけられた『絶対服従』の魔法の力は、私の意識を包み込んで縛り付けていたのです。 「そうか、シィル。俺様はランス。今からお前は俺様の奴隷だ」 「はい、ランス様」 それだけが、私に許されていた言葉でした。 私の名前はシィル・プライン。ゼスに生まれて、いっしょうけんめい魔法の修行をしてきました。魔法を使う者の身分が高いゼスの国ではそれは当たり前のことでしたし、もとから魔法の才能があったらしい私には、魔法を使えない人のことなどわかりませんでした。ですけど、あの人に奴隷として買われて以来、私の考えは変わりました。 あの人は戦士で、魔法は少しも使えません。でもそんなことに引け目など感じず、傍若無人な生き方をしていました。ゼスでは何も考えず当然のように奴隷達を顎で使っていた私が、魔法を使えないあの人の奴隷として、何から何までやらされるのです。私はいままでなんていうことをしてきたのでしょう。これは神様が私に罰をあたえたんだ……そう思いました。 その日も、私は大きな荷物を持たされて歩いていました。あの人はギルドに登録していて、そこからお仕事が回されてくるのです。今日は街外れに出没するモンスターを退治してきたのでした。 思ったよりも簡単なお仕事だったのか、あの人は上機嫌で、キャンプ一式の大荷物を背負った私をおいて、どんどんと先を進んでいってしまいます。すっかりあの人の姿が見えなくなってしまった頃、突然私の横の森の茂みから、がさがさという音とともにモンスターが現れたのです。はっと気が付いたとき、ハニーが私の目の前にいました。 「…………!」 私は咄嗟に悲鳴をあげようとしました。でも口は、身体は私の思うようには動いてくれません。命令が無い限り、私に行動の自由は無いのでした。無抵抗になってしまう私の目の前にハニーがトライデントを振りかざすのが見えました。 もうだめだ……そう思って目を瞑りました。でもその時、 「ランスアターック!!」 あの人の声が聞こえたような気がして、そろそろと私は目を開けました。すると、あの人の剣の一撃を受けて、真っ二つになったハニーの身体が目に入ってきました。私、助かったんだ……。 「ふん、お前は大枚はたいて買った大事な奴隷だからな。俺様の断りなしに死ぬんじゃない」 そう言うあの人の口調はいつもと変わらなかったけれども、急いで走ってきたのでしょう、息を切らせていました。 嬉しかった。心からお礼を言いたかった。そのはずなのに……私の口は、いつもと同じ言葉を呟いただけでした。 「はい、ランス様……」 夜、あの人は今日は珍しく早く寝ています。 「俺様は疲れた。もう寝るから絶対起こすんじゃないぞ」 そう言って一人で寝室に入っていきました。いつもは毎日私を呼ぶのに、ほんの時々、こういう晩があります。それは私にとってもありがたいのですけど……。 数時間後に、私は命令された後片付けと、明日の朝ご飯の下ごしらえをしてから、おトイレに行こうと廊下を歩いていました。たまたま、寝室の前を通りかかったときでした。あの人の寝室の扉が少し開いていて、そこから月の光が漏れ出ていました。私は当たり前のようにその扉を閉めようと、部屋に近づいただけだったのです。 「……!」 私は偶然中を覗いてしまって、慌ててそこを離れました。それは、何故だか見てはいけないもののように思いました。 でも、いつもは強引で無茶苦茶でわがままな子供のようなあの人が、さっきは孤独で寂しい、迷子の子供のように見えたなんて、私の見間違い……なんでしょうか? 翌朝、目が覚めて私はいつも通りあの人の朝ご飯を作りに台所に立ちました。でも昨日から私はどこかおかしいんです。何か、身体はスッキリしたような……反対に心はどこかもやもやとして……。 「あっ! いたっ!」 ぼーっとしていたせいか、包丁で指を切ってしまった。慌てて治療の呪文をかける。 「いたいの、いたいの、とんでいけ!」 光に包まれて指の傷が塞がっていく。でもその後に、私は大変な事に気付きました。 「何で……?」 自分の意志で……声が出せる。そんなはずは……でも、今確かに私は自分の意志で動いていました。 「私……自由になれたんだ……」 声に出してみる。思ったとおり、昨日まで私を縛り付けていた『絶対服従』の魔法はきれいさっぱりその効果が消え去っていました。 これで、私はあの人に奴隷扱いされないですむ。逃げ出したっていい。でも……そう考えても、嬉しいはずなのに心のもやもやは一向に晴れませんでした。 「私は……」 その時、いつの間に起きてきたのか、あの人が私の背中から声をかけてきました。 「おい、シィル! キースの親父のところへ行くぞ。支度をしろ!」 「はいっ! ランス様!」 ……どうしてそう答えたのか、自分でもわかりませんでした。 でも、その一言、そして私の答えにニヤリと唇の端を上げたランス様の笑顔に、私はもやもやが晴れて、胸があたたかくなるような不思議な感じを覚えていたのです……。 To be continued to Rance〜光をもとめて〜 |
あとがき |
追加あとがき
その後ランスVIでCG付きでランスが奴隷市場でシィルを初めて見つけたシーンとか出ましたね。というかよく考えたら1万5千GOLDなんてランスが持ってるわけなかった。このSSみたいに簡単には買えませんよ。随分苦労してシィルを買ったんだろうなぁと思います。 |