男と女が付き合うってのは、大変なことだ。
……ということは知識としてはわかっていたつもりでも、実際に体験してみると、これがまったく、「大変」なんて一言で済ませられるものじゃない。そもそも出会いからして強烈だった。そして紆余曲折を経て結局めでたく付き合い始めた俺たち、しかしデートひとつにしても……
「外に、行かないか」
朝食後の後片付けも済んで、のんびり寛いでいたところだったんで、その言葉に俺は少々面食らった。
「何を馬鹿面している……?」
涼が怪訝そうに眉を上げた。俺は気を取り直して言った。
「お前がそんなこと言うなんて、珍しいと思ってな。休みはいつもうちでごろごろしてるのに」
「悪かったな。ごろごろしてて」
涼がちょっと口を尖らせる。いつも多忙なコイツは、その疲れを取るためか、たまの休暇ではほんとうにのんびりしている。ふたりで住む「家」という居場所があるってことがそういう風に寛がせているのかもしれないが。だとしたら、それは俺は嬉しく思う。
「悪い意味で言ったわけじゃねぇぜ。お前がごろごろしているのを見るの、俺は楽しいからな」
「いい訳くさいな。いまさら私が家事を出来ないことのあてつけか?」
「おいおい、疑り深いな。俺の根が素直だって知ってるだろ」
「よく軽口をたたくこともな」
冷ややかな目で見ている。負け負け。
「悪かった、謝る。それより、せっかくお前から誘ってくれたんだ。出かけようじゃねぇか」
涼の気分を損ねるのも不本意だ。俺は腰を上げた。
「ふん」
「考えてみれば、ちゃんとした形でってのは初めてだからな」
「……何のことだ」
「とぼけるな。デートだろ、さあ、とっとと行こうぜ」
上着を引っ掛けると、俺は玄関に向かった。ちらっと見たら、涼はなにやらふてくされていた。素直じゃないヤツ。まあ、涼に素直にデートに誘われるのも怖いかもしれない。
そうして、その日は始まったのだった。
俺と涼が知り合ってから、もう1年になる。涼が俺の家に住むようになってからは、半年ぐらいだろうか。だというのに、ふたりで出かけるようなことがなかったのは、いろいろな事情があるのだ。俺は半年近く政府の施設で療養&軟禁状態だったし、涼は仕事でいつも飛び回っている。今までたまの休日は、家でゆっくりしているばかりだったのだ。
そんなこんなで、初デートが1年後とはね……。しかし、コイツに惚れた時から、普通の生活にならないことはきっちり覚悟していたのだ。
「どっか、行きたいところでもあるのか?」
てくてくと住宅街を歩きながら、涼に尋ねた。とりあえずあてもなく、足は繁華街の方に向いている。
「…………お前が決めてくれ」
「誘ったのはお前だろ」
「私は、こういうことに慣れてない」
愛想のない言葉を、すまなそうに言う。
「やれやれ」
俺は苦笑した。仕方がない。涼は否応なしにずっと裏の世界で生きてきたのだ。俺よりも年上といっても、一般日常普通の経験なら俺のほうが詳しいことも多い。もっとも、その微妙なバランスが、俺たちが上手く行っている理由かもな。
「それじゃ、適当に公園でもぶらぶらして、その後繁華街で昼飯でも食おう」
「それでいい」
「じゃあ、海洋公園だな」
俺はコースを修正した。海洋公園は繁華街とは逆方向だ。
「なあ、涼」
ふと大事なことを忘れているのに気付いて、俺は涼の名を呼んだ。ちなみに、俺が「成瀬」から「涼」に呼び方を変えたのは、一緒に暮らし始めてからだ。それ以来、涼も俺のことを名前で呼ぶようになった。もっともお互いに「お前」で呼び合うことがほとんどで、ごく特殊な時か、たまにぐらいしか、名前で呼ぶことはない。この時はたまたまだった。
「なんだ、京夜」
「ん、よっと」
「うわっ、なにを……する……って」
涼が慌てた声を出して、けれど否定の言葉は弱く消えた。
「せっかくのデートだろ。こうして腕組んでみたいんだが、駄目か?」
「強引な男だな」
「嫌いか、強引なのは」
「いや……」
首を振った。しかし涼は少し困ったような顔をして俺を見上げた。
「だが、これでは腕を組んでいるというより、私がお前にすがっているみたいだ」
俺はまた苦笑した。確かに。幼生体処理を解除した涼は、この1年で随分と成長しているが、それでも、小学生に見えたのが中学生に見えるようになった程度だ。俺と腕を組んで様になる身長には程遠い。涼が居心地悪くなるのも無理はない。
「いいじゃねぇか。こういうのは気分だ」
「う……、そうなのか」
「楽しまなきゃ、損だぜ?」
「……そうだな。お前の言う通りかもしれない」
そう言うと、ぎゅっとしがみついてきた。正直少々照れくさいものがあるが、こうでも言わなきゃあコイツがこういう可愛い態度を取ってくれないことは学習済みだ。
「じゃあ、あらためてデートの始まりと行こうぜ」
俺は景気よく一歩を踏み出した。
海洋公園は、海洋都市アンドルードの中心あたりにある大きな公園だ。海上に浮かぶ巨大な人工物の中で、自然を感じさせてくれる木々がたくさん植えられている。海に面しているから、眺めもなかなかだ。
「ここらへんでちょっと休憩するか」
しばらく木々の間をぶらついてから、俺は海に面したベンチのひとつを指して言った。
「ああ、少し歩き疲れた」
涼はベンチに腰を下ろす。素直なその様子に、俺は少し驚いた。鍛えている涼がこの程度歩いたぐらいで疲れるとは思えなかったからだ。
「珍しく素直だな。身体がなまってるのか?」
止せばいいのに、俺はつい口に出していた。案の定、涼がキッと睨んでくる。
「私はお前とは歩幅が違うんだ」
「っ……すまねぇ」
馬鹿だな。俺の馬鹿。どうして気付かねぇんだ。それと涼も馬鹿。不満もたれずに、一生懸命俺にしがみついてやがって。でも、それがコイツの健気なところなんだな。
「舞い上がっちまってたみたいだ」
「……いい」
そっけなく、許しの言葉。
「私と、腕を組めたのが嬉しかったのだろう?」
「ああ」
お互いに苦笑しあった。
「ちょっと待ってな。詫びにアイスクリームでも買ってきてやる」
「ストロベリー」
「了解」
近くの噴水のところで店を開いていたアイスクリームの屋台に走る。俺の分とふたつ注文して、親父がアイスをすくってコーンに盛り付けるのを待ちながら、ベンチに座る涼を見た。
頬杖なんかついてじいっと海を見てる。ストロベリー色の短い髪にカチューシャさして、物憂げな表情なんかしていると、遠くから見ていてもドキッとする。俺と会話するとどうしても俺が軽口を叩いてしまうから、睨まれる事が多いんだが、自然にああして座っている涼は――こんなこと、本人を前にして言えやしないが――実際可愛い。それに、アイツはあれで頑張って女の子してるぜ。俺がもっと気をつけてやらなきゃな。
そうして俺が涼を眺めていたからか、屋台の親父が人の良さそうな笑みを浮かべて尋ねてきた。
「デートかね」
「そう見えるかい?」
俺は少し皮肉っぽく尋ねた。そう見えればいいんだが、自分でもそれは自信がない。親父は無情にも首を振った。
「いんや、見えないな」
「じゃあなんでデートかなんて聞いたんだ?」
「もしあんたらが兄妹だったら、そう聞いても笑われるだけだ。けど、恋人同士に「兄妹かね?」なんて聞いたら、気まずいだろうに」
「なるほどな。商売商売ってことか」
俺は納得した。やれやれだ。
「そういうこと。へい、おまちどうさん」
親父が差し出したアイスふたつを受け取って、俺は涼の待つベンチへと早足で戻った。
「ストロベリーお待ちどうさん」
「何を喋っていたんだ」
涼はアイスを受け取りながら尋ねてきた。声の調子は無関心だが。俺はアイスを舐めながら答えた。
「別に。可愛い彼女だなって言われただけだ」
「嘘の下手なヤツだ」
ぺろっとストロベリーを舐めて、涼は目で笑った。
「根が正直なんでね」
「おおかた兄妹か何かだと思われたんだろう?」
「当たりだ」
「いい。3年……いや、2年後を見てろ。あの親父には後悔させてやるから」
一瞬、不敵に唇を歪ませる。けれどすぐにまたぺろぺろとやりだした。ゆっくりとピンクの山がへこんでいく。それを横目に俺はぱくぱくとアイスの山をかじっていた。
「お前は舐めるのが早いな」
「舐めてるんじゃなくて、食べてるんだよ。まどろっこしいのは苦手でね。せっかちなんだ」
最後のコーンをひょいと口の中に放り込んだ。
「だから、2年も3年も待っちゃいられないんだ」
「何のことだ?」
「俺は今のお前でも充分満足してるってことさ」
「バカ」
それだけ言って、涼はまたアイスクリームに没頭した。
しばらく何と言うこともなく、公園のベンチに座っていた。少ししょっぱい風が吹いている。アンドルードの中心を占める海を挟んで反対側の高層建築が見える。
「この街はいい街だな」
ふっと溜息のように涼が言った。さらさらと風が髪を梳いている。それを横目で見ながら答えた。
「そうか? 住んでるだけだとわからねぇが……。住んでて不満もないけどな」
「私はあちこちの街を訪れるからわかるんだ。水と緑が多くて、人口密度もそれほど高くはない。環境がいいんだ。犯罪もすくないし、スラムもない」
「そういう風に計画されたモデル都市だからな」
「身も蓋もない事を言うな」
睨まれた。どうも涼相手だと俺は口が滑る。
「ああ、すまん」
「確かに、この都市は『新世紀海洋開発計画』で作られた。新たなフロンティアとしてな」
向こう岸に広がる都市を見やる。海の上に立つガラスとコンクリートの集合体。それは自然と無機物の対比に見える。
「しかし計画したからと言って、住むのは人間だ。必ずしも計画どおりに行くとは限らない」
涼の言葉で、都市が建造物でなく人の営みから出来ていることを思い出させられる。俺は頷いた。
「その意見には賛成だな。ってことは、やっぱりこのアンドルードはいい街ってことか」
「そうだ」
涼も頷く。しみじみとした雰囲気で、なんとなく涼の実年齢に相応しい感慨のようなものを感じて、俺はつい呟いていた。
「ずっと、ふたりでここに住めたらいいな」
「ああ…………ん?」
涼がばっと振り向いた。
「何を言わせる」
「いいじゃねぇか。口から出ちまったもんは」
俺は苦笑した。涼は少し頬を染めて、呆れたように言った。
「だからお前は一言多いんだ」
「まったくだ。てめぇでムードをぶち壊しにしちまうなんてな」
「ふん、もういい。少し早いがどこかで昼食でも取ろう」
立ち上がってスカートを払う。俺も腰を上げた。公園の時計は11時を指していた。
アンドルードの繁華街は高層建築が建ち並んでいる。俺はそのひとつを指さした。
「ここの最上階に美味いレストランが出来たってよ。そこでいいか?」
「わざわざ高いところじゃなくても、そこらへんのファミレスでもいいじゃないか」
「せっかくだ。ふたりでなきゃ、こういうところに来る気おきないじゃねぇか」
「……それもそうだな」
そんなやりとりをして、エレベーターに乗った。
そのレストランは新しい割には雰囲気のいい店だった。奥のテーブルに案内されて席につく。涼が奥だ。こういうとき、涼は大抵入り口が見える位置に座る。危険を警戒するのが習性になっちまってるところがあるのだ。もう俺も慣れたが。
「何を食べるかな」
涼はメニューを広げる。
「そうだなぁ……」
俺たちはそれぞれの料理を注文した。が、注文が終わってウェイターが下がると、涼が絶句している俺に気付いた。
「……どうした?」
「いや。よく食うな、って思ってな」
実際、涼の注文した料理は一人前は一人前なんだが、前菜からデザートまでヴォリュームが最大の料理をピックアップしてあった。俺でもそれだけ食べたら腹が苦しくなるだろう。
「成長期だ。食べさせろ」
涼はしれっと言う。俺は苦笑した。
「ぜんぶ成長に使われるなら、かまわないけどな」
「太るとでも言いたいわけか?」
「いやまあ、なんだ、そういう心配もねぇか」
「身体が資本だからな、そんなことはしない」
「俺としては、もう少しこう、……おっと」
俺の言いたいことを悟ったか、涼がじろりと睨んできた。
「お前を喜ばせるためにしているのではないぞ」
「そりゃ残念だ」
「私の……気分の問題だからな」
涼は照れたように目を逸らした。俺はそれ以上突っ込まずにおいた。ちょうど料理も運ばれてきた。
「食おうぜ」
「ああ」
涼はその健啖家ぶりを存分に発揮して、山のような料理を攻略しはじめた。
そうしてメインディッシュに差し掛かる頃だった。
「不味いな」
それまで旺盛な食欲を発揮していた涼が、突然ぼそっと呟いたので、俺はあやうく口の中のものを吹き出しちまうところだった。
「おいおい、これだけ食っておいて……」
そう言いかけて気付く。涼の気配が寛いだそれでなく、任務の時のような鋭いものになっている。視線は店の入り口に向けられている。俺はさっと振り返った。
すると入り口では数人の男たちがどやどやと入ってくるところだった。男の団体というのが多少不自然だったが、それだけなら不審なところはない。手にマシンガンを持っていなければ。
「全員動くな!」
男のひとりが銃口を客に構えて叫んだ。レストランの中は騒然とした。俺は声をひそめて涼に囁く。
「やれやれ……この街にも、こういうやつらはいるんだよな」
「この手の輩はどこにでもいる。いなければ、私のような人間の必要性も少しはなくなるだろうにな」
涼は溜息混じりに答えた。
「このアンドルードは重要度の高い都市だから、今までこういうやつらがいなかったことの方が僥倖かもな」
「静かにしろ!」
男のひとりが叫んだ。そして男たちがそれぞれ銃を構える。
「大人しくしていれば危害は加えない。だが、死にたいなら騒いでも結構」
男が冷ややかに言うと、騒然としていた店内は静まり返る。普通、こんな言われ方をしたら恐怖で黙る。ただ、俺たちは普通じゃない。声を落として囁いた。
「お前とデートしただけだっていうのに、なんでこんなことに巻き込まれるんだろうな?」
「それは私の台詞だ。お前と関わってからロクな事がない」
そう言うが、目が笑っていた。
「やるか?」
「私は職業柄、あまり目立ちたくない……お前がやるのを見てる分には構わないぞ。荒事は好きだろう?」
「オイ。さすがに銃を持った相手があれだけいたら、キツイと思わないか」
「それなら、しばらく様子を見よう。ここの料理は案外美味しいしな」
「そうするか」
俺たちは注意深く観察を怠らずに、再び料理に取り掛かった。
「全員、店の奥へ集まれ」
男が言う。俺たちは始めから奥のテーブルについているから無視だ。それでも、客達は席を立って男の言葉に従った。客がぞろぞろと店の奥に集まると、リーダーと思しき男が落ち着いた声で言った。
「さて諸君。楽しい食事を邪魔したことをお詫びする。もちろん、諸君らに危害を加えるつもりは、いまのところない」
いまのところ、ね。俺はステーキを頬張りながら男の言葉の意味を考えた。つまり俺たちは人質ってことだ。男がニヤリと笑う。
「我々は、“青い騎兵”という政治集団だ。我々には、このアンドルードの行政区に不当に拘束されている同胞がいる。彼を救うために、君たちには交渉の材料となってもらう」
つまり、ただのテロリスト。ただ、爆弾テロでいきなり爆破されるよりは良かったのかもしれない。犯人たちはこうして表舞台に出てきているだけリスクを犯している。そしてそれは致命的な間違いだ。よりにもよって「死神」の前に出てくるとは。俺は苦笑した。
「“青い騎兵”か……」
「知っているのか」
ぼそりと漏らした涼に尋ねる。
「ああ。三流テロリストだな。どこかやる事が抜けている」
「だいたい、なんでこんなところを襲うのか俺にはわからねぇが」
「テロリストのやることなぞ、所詮常人には理解できないものだ。……だいたいの予想はつくがな」
「あちらさんの思想なんぞ、どうでもいい。で、大丈夫なのか」
「死人が出ないうちになんとかしたいな。警察は……アテにならない」
「それじゃ……」
俺がそう言い終わる前に、男が叫ぶように言った。
「それでは、君たちの中から、ひとりスポークスマンを選ばせて貰おうか!」
男は銃で舐めるように客の顔を見ていった。
「誰がいいかね……」
そしてそれがピタリと涼のところで止まる。
「そこの子ども!」
ぴくっと涼のこめかみが動いたのを俺は見逃さない。マズイな。涼はここ1年で随分成長したとは言え、まだまだ外見は中学生レベルだ。しかし、その努力を知らない他人に子ども扱いされるのは、涼にとって充分に怒りに値する。
「それは私のことか?」
感情の起伏が態度に表れない分、涼の怒りは空気に伝わる。男にはわからないだろうが……これは結構怒っているぜ。俺は少しこの男に感謝した。涼がその気になればすぐ片はつく。三流テロリストなんて物の数じゃないぜ。俺は男に少し同情もした。だが男はそんなこと知る由もない。いやらしく笑っている。
「そうだ。お前には見せしめの人質になってもらう。ガキの方が同情を誘って都合がいいからな」
ご愁傷様。俺はすぐに動けるように身構えた。涼が氷のような声で言った。
「京夜」
「あいよ」
「こいつは任せる」
そう言うやいなや、涼は銃を抜いた。愛用のワルサーPPK。涼はこいつをいつも携帯している。しかしデートにもかよ。
「なっ!」
突然、子どもが銃を抜いた事に驚く男に、俺はすばやくパンチをかました。その間に銃声が響く。涼の射撃は正確に男たちの腕を撃ち抜いて無力化していく。俺の加勢は必要ないか……と思ったが、
「くそっ」
男のひとりが涼を狙っている。それに涼は気付いていない。
「あぶねぇ!」
俺は咄嗟に目の前にある皿を投げた。フリスビーのように飛んで、皿は男の顔にめり込んだ。崩れ落ちる男。それを一瞬確認すると、涼は何事もなかったように残りの男たちを撃ち倒した。
俺は倒れた男たちから銃を取り上げて店の端に放り投げた。
「片付いたな」
「ああ」
涼はワルサーを仕舞うと、生気のない返事を返してきた。
「涼?」
「せっかく、ふたりで初めて出かけた日だったのにな」
悲しげに呟く。肩が落ちて、小さい背中がよけいに小さく見えた。コイツは……自分なりにこのデートを大切に思っていたんだろうってわかる。だから俺は、そのまま落ち込もうとする涼の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「何をする」
恨めしげな目つきで涼は見上げた。
「諦めるにゃ、まだ早いぜ」
きょとんとする涼の手を引く。
「まだ今日という日は終わってないんだ。まあ、前半戦はハプニングが起こっちまったが、後半戦で取り返そうぜ」
「どうして、お前はいつもそんなにタフなんだ。馬鹿か?」
「言ってくれるぜ。お前に惚れた時から、こんなハプニングは折込済みだよ」
「馬鹿、そんなこと大声で言うな!」
確かに。ただでさえ集まっていた視線が鋭さをましたような気がする。涼は珍しく顔を薄く赤く染めている。本当は俺よかコイツの方が年上なんだが、こうしているとどう見ても俺たちが恋人同士なんて見えない。まるっきり幼女趣味。やめてくれ。
「よっし、厄介な警察が来る前にさっさとずらかるぜ!」
「まるで私たちがテロリストみたいな言い草はやめろ」
「いいだろ、ほらよ」
俺は強引に涼の手を引っ張って店の外へ走り出した。エレベーターに飛び乗る。扉が閉まってエレベーターはすぐに下降を始めた。ふたりきりの空間に逃げ込んで、俺はようやく息を吐き出した。
「デザートを食いそびれちまったな」
「口寂しいか」
「そうだな……デザートは」
悪戯な思いつき。こんなこと、コイツに惚れなきゃ思いつきもしなかっただろうが。
「涼」
俺は名前を呼んだ。こういうときは、名前を呼びたい。そして涼の肩を抱いて引寄せた。涼が小さいから、俺はちょっと屈んで。
「んっ……」
ふたりきりのエレベーターの中で、俺たちはキスをした。甘いキス。
俺たちにはこんなデートが似合いなのさ。それに、これでけっこう幸せなんだ。
あとがき
「SeeIn青」から、いちばんお気に入りの成瀬涼のSSです。本編では恋愛ADVとはとても思えないほどにハードボイルド世界が繰り広げられていたので、ふたりっきりでお出かけでもして欲しいと……思っても、こうなると思うんですよね(苦笑)
2000.12.15 DHA
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