Puppet Tale |
むかしむかしあるところに、ひとつの人形がありました。 木で出来た人間そっくりの身体に、魔人が仮初めの命を与えた、生きた人形です。 その人形は女の子の姿で、名前をシャリエラと言いました。 世界の真ん中に大きな砂漠がありました。そしてその砂漠の真ん中にひとつの宮殿が建っていました。シャングリラという王宮でした。シャリエラはそこで、たくさんの人形の姉たちと一緒に、デスココというひとりの王様に仕えていました。 けれど、シャリエラは姉たちから嫌われ蔑まれていました。姉たちがいつも立派に王様に仕えているのに、シャリエラはそれを上手にこなすことができなかったからです。ドジをして、失敗して、いつも謝ってばかり。シャリエラはそんな自分を駄目な人形だと思っていました。 ある時、シャングリラにお客がやってきました。リーザスという国のランスという王様です。 "月の宴"という盛大な歓迎の宴が催されました。お皿には世界中のご馳走が盛られ、素晴らしい楽曲の流れる豪華の限りをつくした宮殿で、美女たちが幾晩も幾晩もランス王をもてなすのです。それはこの世のものとも思われない、夢心地の宴でした。 シャリエラも姉たちに混じってランス王をもてなしました。ランス王はシャリエラたちのもてなしにとても満足していました。そして何度かはシャリエラに声さえかけてくれたのです。シャリエラは不思議に思いました。 (ランス王は、どうして私なんかに優しくしてくださるのかしら。お姉さまたちのほうが私なんかよりずっと綺麗で美しいのに) それでもそんなある日、シャリエラは、また失敗をしてしまったのです。 がしゃん。 銀のお盆の上にグラスを倒してしまって、姉たちが睨んで、ひそひそと悪口を囁きます。シャリエラは悲しく思いました。 (ああ、きっとこれでランス王は私を嫌われてしまうわ……) けれどもランス王は言いました、 「女の子は女の子同士仲良くしろ」 と。ランス王はシャリエラを嫌うどころか、庇ってくれたのです。シャリエラは信じられませんでした。とても不思議でした。シャリエラは自分を抱いたランス王に尋ねました。どうして自分を虐めないのか。蔑まないのか。どうして優しくしてくれるのか……と。 「そんな必要がないからな」 ランス王は答えました。 「可愛い女の子は可愛い。俺様がそう思ったらそれでいいんだ」 その言葉はシャリエラにはよくわかりませんでした。けれどもひとつだけわかりました。ランス王に優しくされると、なんだか胸の奥があたたかく感じるということが。それはシャリエラが今までに感じたことのない何かでした。 そして時間が経ち、"月の宴"が始まってどれだけ経ったのかもわからなくなった頃、その事件は起こりました。 ある女の子にかけられた魔人の魔法が、ランス王の目の前で解けてしまったのです。自分をもてなしていた美女たちが人形だったと知ると、ランス王は怒りました。 「どういうことだ、これは。俺様に恥をかかせやがって」 ランス王はデスココに詰め寄りました。しかしデスココは当たり前のように言いました。 「こんなに素晴らしい女が人間にいますか? いや、いない。だから、人形は素晴らしい!」 デスココは醜い男でした。人間の女には見向きもされない。だから人形を愛していたのです。しかしランス王はそうではありませんでした。ふたりは喧嘩になりました。 デスココは手に持ったランプからアラジンという魔人を呼び出して、ランス王を殺そうとしました。しかしランス王は強い戦士でした。アラジンを斬り伏せて、デスココもあっけなく殺されてしまいました。 そして、アラジンの魔法が解けたのです。 シャングリラの娘たちは木の人形でした。デスココが願い、アラジンの魔法で仮初めの命を与えられていました。デスココが死ぬと、娘たちにかけられた魔法もだんだんと解けていき、娘たちはあちらこちらで物言わぬ人形へと戻っていきました。 「ランス王様……」 シャリエラもまた同じでした。シャリエラは身体から力が抜けていくのを感じました。 「シャリエラ!」 ランス王はシャリエラの身体を抱いて、シャリエラの名を呼びました。けれどシャリエラにはもうほとんど力は残っていませんでした。シャリエラは最後の力で、自分の心にある想いを伝えようと口を開きました。 「ランス王様……ランス王様だけは……私を他のお姉様と同じ様に扱って下さいました……」 「私、私……嬉しいっていうんでしょうか……? おかしいですね……人形なのに、感情を持つなんて……」 「私……ランス王様に会えて良かったです……人形なのに……幸せでした……」 さよなら。 その言葉を最後に、シャリエラはゆっくりと目を閉じました。 そして魔法の効果と共にシャリエラの意識が暗闇に吸い込まれる、まさにその時でした。 「俺の願いは……"シャリエラを人間にしてくれ!"」 ランス王の声が聞こえました。 シャリエラはアラジンが叶えた最後の願いで人間になりました。そしてランス王のお城でランス王の傍に仕え、末永く幸せに暮らしたのです。 めでたしめでたし………… ……と、いうわけにはいきませんでした。 シャリエラにとって、お話はまだ始まったばかりだったのです。 ランス王のお城、リーザス城でシャリエラは暮らすことになりました。けれども砂漠のシャングリラの宮殿から一歩も外へ出たことのないシャリエラにとって、そこは何もかもが新鮮で、しかもとてもとても広い世界でした。 そしてお城にはランス王の他にも人がたくさんいました。リア王妃様、侍女のマリス、メイドのウェンディとすずめといった女の人。将軍のバレス、コルドバ、リックという男の人たち。 背の高い人や小さい人、明るい人や物静かな人、年齢もさまざまで、シャリエラはそんなにたくさんの人に会ったのは初めてで、少し不安に思いました。 (お姉さまたちみたいに、虐められないかな……) けれども、そんなことは少しもありませんでした。お城の人たちはみんなシャリエラに優しくしてくれました。 メイドのウェンディがお城の中を案内してくれました。 侍女のマリスはシャリエラにあやとりを教えてくれました。 リア王妃とビー玉で遊びました。 科学者のマリアはシャリエラに文字の読み書きを教えてくれました。 子どものミルとアスカと一緒に初めて魔法ビジョンでポンキッキンズを見ました。 バレス将軍はおかしをくれました。 そしてランス王は、シャリエラを抱いて眠ってくれるのでした。 ある日、シャリエラはお城に与えられた自分の部屋から、バルコニーへ出てみました。お城のバルコニーからは、世界全部が見渡せるぐらい遠くの景色が見えました。その景色も、緑や茶色や黒や青に彩られていて、シャリエラにはとても美しく感じられました。 シャリエラが近くに目を移すと、城下町では町の人たちがちょこちょこと動き回っている様子が見えます。 (あれは何をしてるのかな? あの建物は何だろう? 私もお城の外に出てみたいな) シャリエラは楽しくて、長い間そうして外の景色を眺めていました。 シャリエラはお城の外に出ることがありませんでした。今はお城の中だけでもとてもとても広くて、まだまだ探検していないところもたくさんありました。けれどお城の外もやっぱり気になるのでした。 シャリエラはいつも外に出て行く将軍たちに尋ねました。お城の外にはどんなものがあるのか、と。メナド副将は言いました。 「お城の外? 城下町にはたくさんお店があるし、リーザスから出れば遠くには他にもいくつも違う町があって、面白いよ」 ハウレーン副将は言いました。 「しかし危険なこともある。町を離れればモンスターや盗賊が出る。それに今は戦争中だしな……」 「戦争?」 シャリエラは不思議に思って尋ねました。その言葉を知っていても、どういうものかよくわかっていなかったのです。メルフェイス副将が答えました。 「戦争というのはね……」 戦争というものは、とても怖いものでした。シャリエラはそんなにたくさんの人間が争い、傷つけあう様子を見たこともなければ、想像することも出来ませんでした。シャリエラは副将たちに、どうして戦争なんてするのか、と尋ねました。このお城はとても平和なのに。 副将たちは少し困ったように顔を見合わせて、それでも答えました。 人間同士の戦争と、モンスターの脅威にさらされている世界を統一して、争いのない平和な世界を作るために。そのために自分たちは、ランス王の元で戦うのだ、と。 (戦争をなくすために戦争をしなくちゃいけないだなんて……) それを聞いた時、それはとてもおかしなことだとシャリエラは思いました。けれども世の中にはそういうことがたくさんあるのです。シャリエラはだんだんと、そのことに気付いてゆくのでした。 そして、戦争はどんどんと激しくなっていきました。ランス王のリーザス軍は、JAPANという東の国を破り、北のヘルマン帝国を倒しました。南のゼス王国を滅ぼして、大陸の西にある魔物の森に足を踏み入れました。 シャリエラが"時間"というものを感じるようになったのは、その頃でした。 人形だった頃は、シャリエラは止まった時の中で過ごしていたのです。来る日も来る日も毎日は同じで、毎月も毎年も違ったものではありませんでした。 しかし今は違いました。シャリエラがこのお城に来てから、そろそろ1年が過ぎようとしていたのです。今ではシャリエラは今まで知らなかったことをたくさん知っていました。夏の暑さも、秋の紅葉も、冬の雪も、シャリエラはもう知っていました。 そして、シャリエラがリーザスに来てから初めての春が巡ってきた頃、リーザス軍はついに魔物の世界を征服し、世界を統一する一大帝国となったのです。 これでやっと、争いもなく、モンスターの脅威もなく、誰もが幸せに暮らせるようになるのだと、シャリエラは思いました。 けれどもそうではありませんでした。突然世界のあちこちに神の御使い、天使たちがあらわれたのです。天使たちは町を攻め滅ぼし始めました。また他の場所では、大地震が起こって町を廃墟に変えました。それは神の仕業でした。 それらの知らせがランス王の耳に届いたとき、JAPANの香姫が言いました。創造神が平和な世界に怒って、この世界を滅ぼそうとしているのだ、と。香姫は不思議な力でそれを夢に見ていたのです。 みんなは恐れ戦きました。自分たちを作り出した創造神が、世界を滅ぼそうとしているのです。神の力と天使の攻撃の前には、人間が刃向かっても太刀打ちできないと誰もが思いました。シャリエラもとても怖くなって、ランス王を見詰めました。けれど驚いたことに、ランス王は少しも神を恐れていませんでした。むしろランス王は怒っていたのです。 「ふんっ……相手が誰だろうと……何だろうと関係あるか。俺の邪魔をするってんなら、ぶっ潰す! それだけだ」 そして、最後の戦いが始まったのです……。 創造神との戦いは、勝ち目のない戦いのように思われました。けれどシャリエラは自分の胸の中に、光があることに気付きました。シャリエラは思いました。 (王様なら、必ず勝ってくれる……だって、王様は今まで何度も信じられない奇跡を見せてくれたもの。王様なら、きっと何でも出来るって……信じられます……) それは、ランス王の元に集う誰もが心の中で思っていたもの――"希望"というものでした。 ……そして、その希望は叶えられたのです。 創造神の怒りは、ランス王を慕っていた魔人ワーグが創造神を眠りにつかせることで静められました。 天変地異は収まり、世界を滅ぼそうとしていた神の御使いは消え去り、世界はランス王のもとに統一されて、ほんとうの平和な時代が来たのです。 そしてその平和な世界で、シャリエラは末永く幸せに暮らしました。 めでたしめでたし…… ……おとぎ話ならこれで終わるのですが……。 現実はそう簡単ではなかったのです。 神の御使いが地上から去り、世界が平和に戻ってしばらくしてからのことでした。 ある日突然、ランス王が王様をやめて、何処かへいなくなってしまったのです。 世界を統一した英雄を失った世界は混乱しました。ランス王を慕っていた娘たちは悲しみに泣き暮れました。 シャリエラもでした。 (どうして……私をおいていなくなってしまったんですか……) シャリエラはとても悲しみました。つらくて胸が張り裂けそうでした。そんな苦しい思いをするなら、感情を持った人間にならなければ良かったと、そう思いさえしました。 そんな時、シャリエラに声をかけてくれる人たちがいました。 「ランス王の行方は探させています。いずれ見つかりますよ」 「元気出してよ、ね。シャリエラちゃんがそんな顔してたら王様だって嬉しくないよ?」 「そんなに思いつめちゃ、駄目よ。ランスはシャリエラちゃんを嫌いになったんじゃなくて、ただ出て行っただけなんだから……」 それはシャリエラがこの1年で知り合ったたくさんの人たちでした。みんなはシャリエラを慰め、励ましてくれました。けれども、その言葉はなかなかシャリエラの心には届きませんでした。悲しみの方がずっとずっと大きかったのです。 そうして1日が経ち2日が経ち、1週間1ヶ月が経とうとする頃、シャリエラは気付きました。 (悲しくて……王様に見捨てられたって思っても……私、人形に戻らないんだ……) 悲しみに暮れていたシャリエラの顔は青ざめて、ひどい様子でした。しかしその肌が柔らかさを失って、元の木に戻ってしまいそうな様子は少しもありませんでした。シャリエラは恨めしく自分の身体に目を落として、思いました。それは何故なんだろう、と。そしてやっと気付きました。 (それは……寂しくないから。悲しくても、寂しくないから…………私の周りには、お友達がたくさんいる) シャリエラは、ランス王がいなくなってからずっと、自分を慰めてくれていた人たちの言葉を思い出しました。ようやく、みんなの言葉がシャリエラの心に届いたのです。シャリエラは胸がいっぱいになりました。シャリエラは泣きました。 (王様……王様は私に嬉しいって感情を教えてくれました。広い外の世界へ連れ出してくれました。お城に住まわせてくれて、たくさんのお友達ができました。私を人間にしてくれたのは、王様です……) (そして王様……王様は最後に私に教えてくれたんですね。私が人間になるために、知らなくちゃいけないこと。悲しいっていう感情……) (王様……私、悲しいです。すごく悲しいんです。でも、私人間ですよね? ほっぺたを伝ってる熱い雫が、人間の証明ですよね?) (王様……王様……大好きです。でも、私失恋しちゃったんですね。でももう人形じゃないから、私は生きていかなくちゃいけないんですよね……?) (頑張りますから……応援、してください……王様……) (……さよなら) そうして、シャリエラはとうとう人間になったのです。 ……さあ、これでシャリエラという人形のお話はおしまいです。 え? 人間になったシャリエラはそれからどうなったかって? ふふ、それはね……―――― Fin あとがき 2001.7.7. |