― 表裏 ―

 



 いつからだろうか……? 私がこの意識に目覚めたのは…………

 いつもの変わりない日常の中? 死が立ち込める戦場? それとも夜の闇に差す月明かりの中で……?

 わからない……今はもう。でも、どうでもいいことだ。もうすぐ……どうでもいいことになるのだから…………




 私はいつも通り、脚を折り曲げて背を屈めているリトルの上に乗った。その背にある椅子の形をした部分に座る。

「ふう……」

 少し息を吐いて緊張を緩める。自分の身体がスッポリとおさまるこの席は、私にとって心安らぐところだ。それに、ここにいれば自分の身長を意識しないでもいい。魔物にとって主人である魔人、それも四天王として千年を超える時を生きてきてはいても、私の身体は小柄な人間の娘ほどしかないのだから。部下を見上げると言うのは様にならない。だがこの大きな合成魔獣の背にいれば、私はひとつの大きな生き物になれる――。

 ズチュ……

 私のもたれる部分がうごめく。続いて足のまわりが、手を置くひじ掛けが、意思を持った生物のように、まるで私を求めるように、私の躰に張り付いてくる。

「う……ふぁ…………」

 それが触れた部分に電気が流れたような刺激が走る。しかしそれは儀式。私、シルキィがリトルとひとつになるための。躰をこじ開けられるような痛み、しかし同時にそれは快感でもあった。

「……くぅ…………あ……んっ!」

 荒く息を吐く。神経が繋がった。リトルの巨大な全身が直接に感じられる。私はひとつの生物、魔人シルキィ・リトルレーズンとなった。




 私達はひとつとなった。そこには幸福感が生まれる。しかし、もともとひとつだったものが分かたれていたのだ。それが再びひとつになれたのだから当然かもしれない。

 ただ腕を一振りする事が、楽しい。足音をならして歩く事が、嬉しい。そしてひとしきり動いた後に休むひとときが、至福だった。

 だけど、幸福な時間は長くは続かない。私達は離れなければならなかった。だが私は離れたくは無い。いつまでも一緒にいたい。ほんとの意味で、ひとつになりたかった……。




 リトルから降りると、心に何となく隙間の開いたような寂しさを覚える。あの高い視点から急に降りたせいで、頼りなく思うからだろうか? 確かにハウゼルやサテラに見下ろされるのはあまりいい気持ちじゃないけれど。

「んく〜っ!」

 気分を一新させようと伸びをしてみた。リトルと繋がっていたので頭は運動した気になっているが、この躰はずっと座っていたせいで硬直気味だ。伸びをすると少し痛かった。最後に首を回すと、背後のリトルが目に入った。

 リトルは私が降りた時のまま、脚を曲げて屈んでいる。その様子がなんだか寂しげに見えた。自分がそういう気持ちだったからだろうか?

「馬鹿ね。あれに心が無いのは自分が一番良く知ってるのに……」

 リトルは私が創った合成魔獣だ。しかも戦闘時の私の生きた鎧として創った特別製だ。ありとあらゆるモンスターから最高の素材を集めて合成してあって、その力や瞬発力は並みのモンスターの数倍から数十倍はある。ただし、心は無い。自分の意志で動く事の無い操り人形だ。私と繋がる事で直接私の意思を伝え、私の意のままに動く手足、私の肉体そのものなのだ。

 だから、さっきの感覚は私の感情が起こした意味の無いものだ。

「じゃあね、リトル……おやすみ」

 でも、私は何故かそんなことを言ってその部屋を後にした。




 夜の静寂は私の意識を研ぎ澄ます。寝付かれなかった。どうして……?

 だがわかっているのだ。その原因は……焦り、心の空虚感。私は求めている……。

 このままではいけない。私達はひとつでなければいけないのだ。そのためには……ふ、ふふふ……




 このところ疲れが溜まっているのだろうか、何か満たされない思いが、不意に私をさいなむ。確かにリトルに乗って外出する事が多かったが、それは仕方が無いことだ。私の立場になるとそういう仕事も自然と出てくるのだから。しかしそういう時ほど、ふと自分がこのままでいいのか、という空虚な感じが身体を突き抜ける。

「いや…疲れているだけだ。この視察が終わったら、ゆっくり休もう……」

 そのもやもやを振り払うように声に出した。しかし私の動かすリトルの足取りは重く、視察は順調に行きそうに無かった……。




 今日こそ、私達は身も心もひとつになれるはずだ。彼女の意識は弱まっている。すぐに私が取り込んであげる……そして私達はひとつになる。分かたれる前のひとつの生命体に……。


 ギイ……


 私が眠る部屋の扉が開いた。さあ、いらっしゃいシルキィ……私達はひとつになるの…………












あとがき

 G−FOURに投稿したシルキィSSです。BBSでの話題、シルキィ・リトルレーズンという名前はシルキィ+リトルからではないか、というような話でした。そこから出来たのがこんな話……。

 ちょっと補足をしておくと、リトルはシルキィの細胞というか遺伝子というか、とにかくシルキィから分かたれたものを材料の一部に使っているということにしてあります。それが段々と意志を持ち始めた…というわけですね。あと、リトルとシルキィの合体というか融合? 接合? まあ何でもいいんですが、あれはフィクションです(笑)。あんなことになっていたら怖いです。あとは、読者の皆さんの解釈にお任せと言う事で……。

 

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