月の満ちる夜に

 

 

 月。今日も大陸の空に月がかかる。それは毎夜その形を変える。ある時は薄く笑う唇のように細くなり、またある時はすべてを包む優しさのように丸く輝く。それは人の心を捉える魔性の光。冷たく、魅惑的で、優しさと厳しさの狭間で、人をその甘美な揺れから逃れられなくする。麻薬のように、甘く刺激的な快楽……。

「あぁ、は……っ!」

 月明かりの中、ふたつの肢体が浮かび上がっている。ふたりの娘が一糸纏わぬ姿を交わらせていた。抜けるように白い肌が月光を浴び、その身体に浮かんだ汗の雫を輝かせる。熱く火照ったその身体が、びくんと跳ねた。そしてそのままぐったりと倒れこむ。娘はそのまま意識が遠のいていくのを感じた。

「じゃあね、続きはまた……月が満ちる夜に……」

それが最後の意識だった。






 魔王城の執務室。夜も遅い時間であるが、そこには煌々と明かりが灯り、その光の下でふたりの人物が仕事をしていた。ひとりは流れるような緑の髪とその下にわずかな憂いを秘めたような瞳を持つ、はっとするような神秘的な美しさをたたえた女性。この魔王城の政務を取り仕切っている魔人ホーネットである。そしてもうひとりは、青い髪を持ち容姿は整っているが、ホーネットに比べるとふたまわりほど小柄な身体をした少女。同じ魔人のシルキィ・リトルレーズンである。

「ちょっといいかしら、シルキィ。この報告書のことだけど……」

表情一つ変えずに大量の書類をさばいていたホーネットが、シルキィに声をかけた。しかしその耳には入らない。彼女は窓の外、中天にかかる月を見上げていた。

(月が……満ちる。明日は満月か……)

「シルキィ〜〜」

ぐにっとほっぺたを引っ張られた。

「い、いたいでふ、ほーねっとはまぁ……」

 少し涙を浮かべて自分の頬を引っ張っている手の先を見る。その泣き顔を見ると、ホーネットはにっこりと笑みを浮かべて手を離した。

「で、この報告書だけど……」

 そして何もなかったかのように続ける。シルキィはそれを少し恨めしそうな目で見つめた。しかしそれも一瞬の事。彼女にはわかっていた。ホーネットがこういう態度をとるのは、自分とサテラ――幼馴染の前でだけだと。全てにおいて完璧な存在を演じている彼女が、ほんの少しだけ素顔を見せる瞬間。

「……ということです。じゃあ頼みましたよ、シルキィ」

「はい、ホーネット様」

いつもの調子で言い終えたホーネットに、シルキィは笑顔で答えた。

「それじゃ、今日はこれで終わりね。ご苦労様、シルキィ」


「はい、ホーネット様こそ。それでは失礼します。おやすみなさい」

そうあいさつをして執務室から出る。しかし扉を閉めると少しため息を吐いた。

(でもやっぱり、もっとホーネット様を――)

――独占したい。そう考えてしまう。残業を手伝ったり、何かと理由をつけて一緒にいる時間を少しでも延ばそうとしたりしてみるが、それでも得られる満足はさっきのように一瞬だ。だがシルキィはさっき中断していたある思考を思い出して笑みを浮かべた。

(そう、だ……明日は…………だったら……)

期待を抱いて、シルキィは自室へと足を向けた。






 照明器具が一切ない一室。そこにはただ大きな窓が開かれており、その外から差し込む月の冷たい光が、その部屋を光と闇に分けていた。光は一つの人影を映し出す。それは女の身体。背は高く、一見して女性とわかる膨らみとくびれが、床に長く伸びた影にもくっきりと現れている。

「ふう、久しぶりに……」

誰ともなしに呟く。その声は妖艶な響き。男性ならば、いや、女性でもぞくりとするような。

(あの子は、ちゃんと待っているかしら?)

待っていることはわかりきっていたが、意味もなくそんなことを考える。それほど彼女の事は心を占めていた。

ばさっ

漆黒の闇のようなマントでその身体を覆うと、女は目的の部屋へと足を向けた。






 こんこん。
 扉を叩く音がした。あくまでも穏やかに、耳を澄まさなければ気付かないほど控えめに。しかしベッドに寝ていた彼女はそれにぴくりと反応する。まるで魔法にかけられたかのようにゆらりと起き上がり、ベッドから静かに下りると、ゆっくりと扉に向かい、そしてそれを開いた。

「いい子で待っていたかしら……?」

「はい、お待ちしておりました」

 来訪者を前に、娘の顔が喜びに染まる。その顔を見下ろして、さらにその下へと視線を下ろして行く。娘は薄い夜着を纏った姿で、その隙間から覗く白い肌は期待のためかうっすらと赤く染まっている。

(ふふ、可愛い……)

部屋に入り扉を閉めると、すぐその場で娘の唇を奪う。

「ん、うぅ……」
舌を吸い上げながらその身体に手を這わせる。下着の上から触れるだけで、娘は躰を振るわせた。

「ふふ」

唇を離すと、娘の身体にまわした手でそのまま抱き上げる。そしてベッドへと運び、娘の身体を横たえると、自分もその上へと覆い被さる。

「ああ……」

娘は歓喜の声を上げた。






 ふたつの影が、月明かりの下で交わる。

「あぁ……」

 赤い唇が、娘の身体の隅々までを這い、そして赤い印をつける。娘はただなすがままとなって、時折その身体を震わせて女の愛撫に反応する。そして最後に首筋へと移動する。赤い唇の奥で、きらりとそれが光った。耳元で囁くように言う。

「それじゃ、いくわよ……」

ずっ! それが突き刺さり、娘の身体の中へと入り込む。

「あっ? あ、ああぁ、あ〜〜〜〜っっっ!!」

甘い味。流れ込んでくる感覚。喉が鳴る。

(なんて、甘美な……それに、ふふふ)

達し、陶然とした娘の身体を撫でる。その長い髪を指で梳いただけでも、まるで髪そのものに神経があるかのように娘は声を上げる。

「あ、あぅ……ん、く……」

(あなたは、私のもの……。永遠に、ね……)

そう心の中で呟くと、愛しい娘の身体を、力を入れて抱きしめる。

「ぅあ、はあぁぁぁっっ!!」

娘は再び絶頂を迎えた。






 月が西の空に傾き、東の空がうっすらと白み始めた頃。情事も終わりを迎えていた。

「それじゃあ、今夜はここまでね……。また、いい子にして待っていらっしゃい。いつも通り、今夜あったことは忘れて、ね……」

 その赤く燃えるような目が、放心したような娘の目を見つめる。その魅了の魔力に、さんざんに身体を弄ばれ、精根尽きた娘は抗えない。口が自然に動く。

「は……い……」

 その答えを聞くと、女は立ち上がり服を身に纏う。

 ばさり

 漆黒の翼にも似たマントが、沈みかけた月にひるがえる。その姿が消えたとき、娘は同時に深い眠りへと落ちていった。






 次の日、魔王城の執務室にて。いつもと変わりなく、ホーネットとシルキィが書類の山と格闘している。しかしホーネットの様子がいつもと違っていた。どことなく精彩がなく、その顔に疲れの色が見える。

「ちょっと、シルキィ。この報告書間違っているわよ!」

「す、すみません、ホーネット様」

 機嫌も悪いようだ。それほどのミスでもないのに、シルキィを責める。シルキィはこれ以上のとばっちりを受けないように、とっとと退散する事にした。ひたすら謝って何とかホーネットをおさまらせると、執務室を出る。

「ふふ……」

 扉を閉めると、こらえていた笑いが漏れてしまった。いつもながら、自分が演じている役柄の皮肉を思うと、どうしても笑いが出てしまう。自分はホーネットの部下であり、友人でもあったが、もうひとつの関係も持っているのだ。

(私の可愛いホーネット様……くすくす。今度の満月の夜を楽しみにしていますね……)

 小さな口に浮かべた笑み。その唇の端に、きらりと光る白い牙が覗いていた。







あとがき


 G−FOURに投稿したシルキィヴァンパイアネタSSです。以前にBBSで取り上げられて以来、誰も書かないようなので書いてみたものです。あと、ホーネットがシルキィを虐めるのがなかば決定事項と化しているようなので、敢えて逆をやってやれと。天邪鬼な奴です。しかし、よくよく私はシルキィを変身させたいようですね……。
 話がえっちぃのは……まあ、これはヴァンパイアを語る以上仕様と思って下さい(笑)。でも吸血鬼って異性しか吸わないらしいですね。あまり深く突っ込んでも仕方ないことですが。

 

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