「ふ、ふふふ、ふふ…………」

 ここは魔王城にある一室。そこに尋常なものとは思われない笑い声が無気味に響く。

「ついにこの手を……使うときが来たわ……」

 ごろごろごろごろ……

 その雰囲気に呼応したかのように空には暗雲がたちこめ、大粒の雨を降らせる。

「これも、あなたの存在がいけないのよ…そう、悪いのは私を裏切ったあなた……」

ピシャーン!!

 一条の稲妻が光る。その光に闇の中に映し出されたのは、狂気に彩られたシルキィ・リトルレーズンの顔であった……。

……………………

…………

……

 

 

鬼畜魔王伝説 if 夢幻狂気

 





 ……悲劇の始まりは、少し前にさかのぼる。

 その日、魔王城の謁見の間では、大人となったワーグのお披露目が行われていた。(鬼畜魔王伝説本編の展開は無視)

「彼女が……ワーグですか?」

「うわ、すご……」

「ふえ……」

「えへへー」

 皆が口々に驚きの声を漏らす。注目を集めたワーグはご満悦だ。だが、一人だけ声を上げない者がいた。否、上げられなかったといった方が正しいだろう。シルキィは口を開けたままワーグを凝視していた。もちろんその視線の先にはワーグのはちきれんばかりの肢体が映っている。

 シルキィは魔王ランスに仕える魔人の中ではもっとも小柄だ。当然その身体は豊満というには程遠い控えめな肉付きしかない。そして真面目で熱心ながら華やかさに欠ける性格のせいか、個性派ぞろいであるランスの側近の中では目立たない存在だった。まだ伽に呼ばれた事もない。そのシルキィのコンプレックスを癒していたのが、自分より子供の魔人ワーグの存在であったのだが、今シルキィの目の前にはシルキィのコンプレックスを体現したかのような姿でワーグがいたのである。

「うふふ、シルキィよりも大きくなっちゃったね」

 無邪気にワーグが笑う。シルキィがよく構ってやるせいでワーグはシルキィになついているのだが……。シルキィは自分の中で何かがガラガラと音を立てて崩れていくように感じていた。






 その夜、ワーグは自分の思い通りにならない身体の感触に目を覚ました。

「ふふ、お目覚め? ワーグ」

 目の前にシルキィの顔がある。だが今までとは何か雰囲気が違っていた。

「〜〜〜!」

 声を出そうとして、ワーグは自分が猿ぐつわをかまされ、全身を拘束されている事に気が付いた。それに自分の部屋ではない。シルキィの部屋だろうか。

「暴れても無駄よ。それには魔人用の結界処理がされているんだから。力では切れないわ」

 ワーグは恨めしそうにシルキィを睨んだ。

「どうしてこんな事するんだ……って目ね。でもそれはおかしいわ、だってあなたが悪いのだから」

「??」

 ワーグが顔に疑問符を浮かべる。

「あなただけ、こんな身体になって……もう魔王様に愛されたの?」

 ぎゅうううっ! シルキィがワーグの乳房を掴む。ワーグは声にならない悲鳴をあげた。

「ふふ、でもそれも良いわ。あなたが大きくなった事が、私のためにもなるのだから」

 ワーグは目に涙を浮かべてシルキィを見る。何を言っているのか理解できなかった。

「私の特技を知っているでしょう。魔物合成LV2……でも何も合成できるのは魔物だけじゃないの。魔物を使うのは単に魔物が戦力として優秀だから……よわっちい人間なんか合成したってたかが知れているしね」

 くすくすとおかしそうにシルキィが笑う。それはいつもの彼女からは信じられないような、見るものをぞっとさせる笑みだった。

「つまり、私は生き物ならどんなものでも合成させる事が出来る……カラーでも、ハニーでも…………たとえ魔人だろうと……」

「……!!」

 縛り上げられたワーグが猿ぐつわの下で息を飲む。さすがに状況が飲み込めたようだ。だがその様を見てシルキィはさらに満足そうに笑った。そしてゆっくりと、ワーグに近づいてゆく。

「あなたのその身体をもらうわ……」

「〜〜〜〜!!」

 ワーグは必死に縛めを解こうと身体をよじらせる。だが、シルキィはもう目前まで迫っていた。シルキィの右手がゆっくりと上げられる。

「それじゃさよなら、ワーグ……!!」

 カッ!!

 閃光が走った。






 次の日、魔王城謁見の間。

 そこには昨日のように驚きが走っていた。

「あ、あれ誰?」

「さ、さあ……?」

 鮮やかな水色の髪の下に宝石のような紅い瞳をたたえ、誰もが目を奪われるような美しい肢体をした美女が、突如として姿をあらわしたのである。その女は皆の注目など意にも介さず、さも当然のように魔王ランスの前に優雅な足取りで立った。

「魔王様、軍のことなのですが……」

 そう口を開く。その声を聞いたとき、皆がその事実に思い当たる。声をかけられたランスが、代表するかのようにそれを口に出した。

「おまえ……シルキィか?」

「はい。どうかなさいましたか、魔王様?」

 シルキィが悠然と尋ねる。その口調には以前の気負いや険しさがなく、溢れるような自信が感じられた。そしてそのせいか仕草ひとつひとつにも匂うような色気が漂っている。

「う……」

 さすがのランスも声を詰まらせる。もともとシルキィの顔立ちは可愛いというよりも美人のそれである。今まではその性格と体型があいまって目立つ事がなかったが、あらためて見ればホーネットに勝るとも劣らない。そしてその瞳が艶をおびてランスを見つめていた。

(ふふふ……、どうです? 魔王様……)

「よし! シルキィついて来い!」

 ランスは突然立ち上がると、シルキィの手を取って言った。

「はい……でも、どちらへ……?」

「きまってるだろう! 俺様の寝室だ」

「は、はい……っ」

(これで……これで魔王様は私のもの……。ふふふふ、これもワーグ、あなたのおかげかしら? 愛してたわよ、ふふ、ふふふ)

 ランスに手を引かれながら、シルキィは妖然とした笑みを浮かべていた……。






 魔王城、謁見の間。

「このごろ、誰かいないような気がしない?」

 サイゼルが誰とはなしに声をかける。

「そう……ね。そう言われてみると……」

 ホーネットがそれに答えた。続いて千鶴子もそれに応じる。

「私も、そう思いますわ」

 魔王城の中枢であるこのふたりは、軍事から政治までそのすべてを把握しているはずである。だが、彼女達にもその存在は忘れられていた。眉を寄せて考え込むホーネット。その視界をふわふわと横切るものがあった。

「あ、ワーグ。あなたは知らないかしら?」

「ん? なーに?」

 ペットのラッシーとともに漂っていたワーグが顔を上げた。

「このごろ、誰かがいないような気がするのだけど……」

「ワーグ、しらなーい」

 真剣そうなホーネットにも無邪気にそう言う。

「そう、そうよね。やっぱり気のせいだわ」

 そして、また魔王城の何事もない一日が過ぎていく。




 数日後、魔王城の一室で立ち尽くしたまま意識を失っているシルキィが発見される。命に別状はないものの、精神が完全に夢の世界に入っていた。ただちにワーグが呼ばれ、ホーネットに事の次第を問い詰められる。

「一体何があったの?」

「シルキィがワーグを殺そうとしたの。だから、これで……ね」

 ワーグの掌から光が漏れる。ワーグの特技、夢操作だ。あの時ワーグはこの力を使い、シルキィの魔の手から逃れたのである。

「だからと言って、これはやりすぎだわ。さあ、シルキィを元に戻して頂戴」

「えーっ! シルキィなんていなくてもいいじゃない。いなくても何日もだれも気が付かなかったんだし」

 身体に似合わない、子供特有の残酷さでワーグは笑う。

「それでも! シルキィは魔人なの、魔王様の重要な部下よ。それに……いくら普段いじめていても、この子は私の大切な友達なのよ!」

 ホーネットの目がワーグを射るように見た。その眼光に、怖いもの知らずのワーグが怯える。

「わ、わかったっ……それじゃ、元に戻すね」

 ふわっ……光がシルキィを包む。

「これで……戻ったよ」

「そう。シルキィ、シルキィ! 起きて!」

 ホーネットがシルキィの身体をゆする。だが、シルキィは安らかな寝顔のまま、目蓋を開けようとはしない。

「ワーグ、どういうこと? 元に戻ってないわ」

「うそぉ! ワーグちゃんと戻したよ」

 先程のホーネットに怯えているのか、さすがに嘘をついているようには見えない。

「それじゃ、どうして……?」

 わけがわからないままシルキィを見つめるホーネットとワーグ。その時、眠ったままのシルキィが何かを呟いた。

「……ふふ……魔王様…………私の……」

 それを耳にしたホーネットがはねるように顔を上げた。

「!! ワーグ、あなたどんな夢をシルキィに見せたの!?」

「え、うーんとね、シルキィが考えてたこと。むねとかおしりとかおおきくなって、魔王様とらぶらぶだって……」

 それを聞いたホーネットは悲しそうに目を伏せた。

「わかったわ。ワーグ、あなたはもう戻って頂戴」

「?? うん、それじゃね」




 ワーグが部屋を離れ、ひとりホーネットだけが眠るシルキィの傍らに座る。

「シルキィ……」

 ホーネットがシルキィの髪をなで、呟く。シルキィは感じているのかいないのか、幸せそうな寝息を立てる。その口から、再び言葉が漏れた。

「……魔王様……」

「そう……そんなに、あなたは……魔王様に愛されたかったのね……与えられた夢の世界から戻って来れないほどに……」

 ホーネットの声が、震える。

「気付いて……あげられなかった。友達なんて、失格ね……これじゃ」

 ぽとりと、涙がシルキィの枕に落ちた。ホーネットは立ち上がり、最後にシルキィを一瞥すると、扉に向かった。

「ごめんなさい、シルキィ。そして、さよなら…………あなたは夢の中で、永遠に魔王様に愛してもらえるのね」

 バタン、扉が閉まった…………。





あとがき

G−FOURに投稿した、初めて書いたシルキィSSです。まだ自分の中でシルキィというキャラが掴めてないところがありますね。話も、はじめはギャグのつもりで書いていたのに、いつのまにか暗くなっていたという困ったものです……。

 

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