女の子モンスター物語「うし使い」 |
どどどどど。 気持ちの良い重低音を響かせて荒野を疾走するひとつの影。そのスピードは時速100Kmにも達し、並大抵の生き物では追いつくことはできない。大陸南部に広がる荒野を縦横無尽に走り回るそれの名は、“うし使い”と呼ばれている。 白い羽根の付いた角付き兜から覗く赤い髪がサラサラと風になびき、青い肩当が颯爽と風を切る。襟ぐりの広く空いた白いランニングシャツが波打ち、手甲に付けたソードが陽光に輝く。赤く逞しい“うし”の巨体に乗っているのは女の子の姿。しかし人間ではない。見れば、荒野には彼女以外にもいくつもの彼女そっくりの姿があった。 彼女たちは、女の子モンスターだ。人間に似ているが、れっきとしたモンスター。けれど好戦的な性格ではない。うし使いは荒野を駆け回って暮らしている。強力なモンスターに襲われても、うしの脚力なら逃げおおせることができる。うし使いたちの大部分は、ごく平穏に生きていた。 しかしある時、一匹のうし使いが、今までに見たことのない光景に出くわした。 うし使いがその光景を見たのは、荒野が不自然に途切れた場所だった。以前から気になっていたのだ。荒野を横切るようにして一本の道が敷かれている。今、その道を1頭のうしが進んでいた。だがそれはうし使いが見慣れた野生のうしの姿ではなかった。 うしには手綱がくくりつけられ、その上重そうな荷車を引かされているのだ。うしはみゃあみゃあと悲しそうに鳴いていた。 「なんてことを」 うし使いは怒って突撃した。するとうしが引いていた荷車の中から、何者かが飛び出した。それはうし使いの姿によく似ていた。白くて柔らかい身体を衣服で包み、剣を携えた二腕二足の生き物。それはうし使いが初めて見た人間だった。 うし使いは知らなかったが、人間はうしを調教して荷車を引かせていたのだった。そして荒野を遮るように通っているここは、人間が都市から都市へ移動するために引いた道だった。 「くそ、モンスターに襲われるなんてツイてねえ!」 人間は慌てて剣を振り回したが、そんなものはうし使いには怖くなかった。うし使いは最高時速100Kmの世界を見ているのだ。それに比べたら、人間の動きなど止まっているも同然だった。 「行くよ! うし!」 うし使いはうしの腹に蹴りを入れ、うしを猛然と突進させた。そしてすれ違いざま、うし使いの手甲に付けられたソードが、人間の武器を腕ごと斬り飛ばしていた。 「うぎゃあああ!」 人間は叫び声を上げて地面にのたうち回った。うし使いは次にうし車に狙いを定めた。うしを荷車に体当たりさせると、荷車は車軸が砕けて車輪が弾け飛んだ。うし使いはうしを縛り付けていた轡を切り裂き、うしを自由の身にした。 「お行き。これからは悪いヤツに捕まるんじゃないよ」 うしはきょとんとしていたが、しばらくすると解放されたことに気づいたのか、嬉しそうに荒野へと駆け出していった。うし使いは満足そうに微笑んでそれを見送った。 それからというもの、うし使いは人間のうし車を見つけると、必ず攻撃を仕掛けた。悪い人間に捕らえられた可哀想なうしを助け出すためだった。そしてうし使いは必ず勝った。人間はノロマで、うし使いに剣を届かせることもできないのだ。敵わないと悟って逃げ出そうとするものもいたが、下手くそな人間が操る、しかも荷車を引いたうしが、うし使いの操るうしのスピードに敵うわけがない。すぐに追いつかれてうし使いのソードに切り裂かれる運命だった。 「へヘン。人間なんて、弱っちいくせに。うしをイジめるなんて許さないぞ」 うし使いは有頂天だった。うしも嬉しそうに鼻息を吹き出した。勝利の歓喜は、うし使いとうしの結び付きを深めていった。うし使いはうしの首に腕を回してぎゅっと抱きしめた。二匹は身も心も一つになった。 しばらくするとうし使いは、8個の卵を産んだ。卵からはうしとうし使いがちょうど半々で孵った。うし使いの子供はすぐにうしの子供にまたがり、ペアを作った。モンスターは数日で大人に成長する。やがて荒野にはうし使いが群れとなって疾走した。人間への襲撃はさらに過激になった。 しかしうし使いは知らなかった。人間にはうし使いより強い者もいるし、何より彼らの武器はスピードではない。うし使いの知らぬところで、人間たちは狩りの準備を着々と進めていた。 「みゃあああ!」 うしが悲鳴を上げた。魔法の呪文“炎の矢”がうしの前足を焼いていた。 その日、いつものようにうし車に襲いかかったうし使いの群れを待っていたのは周到に練られた罠だった。うし車は囮で、数十人の人間達が怒濤のようにうし使いたちに襲いかかってきたのだ。 それはうし使いたちが今まで相手にしてきた旅人とは違う戦闘のプロだった。うし使いの襲撃に業を煮やした商人達が傭兵のギルドに退治を依頼したのだ。 「きゃあー!」 いつもとは勝手の違う頭上から魔法と矢が降り注ぐ。うし使いたちはダメージを受け次々とうしから転げ落ちた。地面に撒かれたマキビシを踏んでうしが足を止めたところを剣や槍に突き刺される者もいた。ロープで縛られ捕らえられる者も。果敢にも攻撃を仕掛ける者もいたが、レベルの高い傭兵に正面から打ち負けている。戦闘の趨勢は明らかだった。 「逃げて! うし!」 戦闘の混乱の中で、いち早くそう決断したうし使いもいた。手綱を引き、うしを方向転換させると闇雲に脱出を目指した。もちろんそれをただ見逃す人間たちではない。すぐに行く手を槍が遮り、後ろからは魔法と矢が放たれた。けれどいったん駆け出したうしの突進は簡単には止められない。ついにうしは障害を蹴散らして、人間の囲みを突破した。 「やった……!」 うし使いはそのまま一目散にその場を離れた。時速100km。この速さについてこれる人間はいない。仲間の安否を気遣う余裕はなかった。 「くそ、二、三匹逃げられたぞ」 「矢を当てたんだろ? 放っておけ。それより残りだ。まだ暴れてやがる」 傭兵たちは残ったうし使いたちを包囲した。 「無傷のうしは捕まえておけよ。娘も捕獲ロープで捕らえろ。キャラ屋に叩き売ってやる!」 命からがら逃げおおせたうし使いは、しばらくの間必死にうしを走らせた。どれだけ走っただろうか、仲間の悲鳴も人間たちの声も聞こえなくなった頃ようやく背後を振り返った。もう地平線のどこを見渡しても人間たちは見えなかった。ほっと息を吐く。もう完璧に安全だ。 生きていることに感謝して、うし使いは気を落ち着ける。頭に被っていた兜が魔法を防いだ時に吹飛んでいたが、身体のどこにも痛む箇所はなかった。兜は外皮が変化したものなので、いずれまた生えてくる。無傷といって良かった。 次にうし使いはうしの身体を見回した。ここまで走ってきたのだから重大なダメージは受けていないはずだ。囲みを突破した時に前足に受けた傷と、尻に矢が刺さった傷があった。両方ともうしの生命力から考えればたいした傷ではなかった。実際すでに血は止まっていた。 「ありがとうね。助かったのはキミのお陰だよ」 うし使いはうしに頬ずりした。 二匹だけの生活が始まった。うしは草を食み、うし使いはムシやサカナを狩って食べる。街道に近づかなければ、人間たちはやってこなかった。 しかし、その生活は長くは続かなかった。うしの元気がなくなってきたのだ。食欲が無くなり、日に日に衰弱し、やがてどうと地面に倒れた。 「そんな……どうして」 うし使いは知らなかったが、うしに刺さった矢には毒が塗ってあったのだ。傷口から入った毒がとうとう全身を冒し、もはや解毒しようにも手遅れとなっていた。 うし使いには薬を調合したり解毒の魔法を使ったりする能力はない。ただうしの身体を撫でさすり、神に祈ることしかできない。 「駄目だよ、死なないで……!」 うし使いの目から涙がこぼれた。けれど彼女の祈りを聞き届ける神はいない。 「みゃああ……あ……」 かすかな鳴き声を最後に、うしは息を引き取った。 うし使いはとぼとぼと荒野を歩いていた。 最初はうしの傍を離れられなかった。うしが死んだということを事実として受け入れられなかったのだ。けれど段々と冷たくなっていくうしの亡骸に、心も一緒に冷えてしまった。もう、うしの背に乗って荒野を駆け回ることはできないのだと、理解が心に染み込んできた。涙はいつの間にか止まっていた。うし使いは立ち上がった。 それでもうしの亡骸をそのままにしておくのは気が引けた。何らかの手段で弔ってやりたい気がした。けれどもうし使いにはその知識も手段もなかった。うしの身体は大きすぎて、埋葬することも火葬することもできなかった。しばらくするとうしから流れた血の匂いに引かれたのかムシが寄ってきた。剣を振って慌てて追い払ったが、陽が昇ると臭いがどうしようもなく無視できなくなってきたのでもはや諦めるしかなかった。 近くの岩場に野草が生えていたのを見つけて、花をちぎって供えた。それがせめてもの弔いだった。うし使いはうしの亡骸に背を向けると、もう振り返らなかった。 そうしてどれだけ歩いただろうか。日は暮れかけていたが道のりはいくらも進んでいない気がした。けれども足が痛くてうし使いは地面に座り込んだ。 「うしに乗っていた時はどれだけ遠くまでだって行けたのに……」 また涙が出た。それにつられたように空までもが黒く雲に覆われ、見る間に激しい雨が降り始めた。 うし使いは崖下にぽっかりと開いた洞窟の入り口を見つけた。うしのぬくもりのない身体は雨に冷え切っていた。ともかく雨宿りするためにその中に入る。洞窟の中は薄暗く、奥は見通せなかった。 「これから、どうしたらいいんだろう」 うし使いは洞窟の床に崩れるように座り込んだ。程なく疲れと寂しさから、睡魔が襲ってきた。けれどツンと鼻につく臭いが、うし使いの目を覚ました。 何かが洞窟の奥からやってくる。うし使いは目をこらした。ぽっと小さな赤い光が見える。ふたつ、みっつ……それはだんだんとうし使いに近づいてきていた。うし使いは立ち上がり身構えた。 やがてうし使いの前に現れたのは、ヤンキーだった。タハコを口に咥え、手にバットを握ったガラの悪い男の子モンスターだ。どうやらこの洞窟はヤンキーたちのねぐらだったようだ。 三匹のヤンキーはうし使いに気づくと、じろじろとその姿を見回した。 「なんだよ、おまえたち……」 うし使いは精一杯の虚勢を張ってヤンキーたちをにらみ返した。うしに乗っていた時はヤンキーなど歯牙にもかけない相手だったが、今同じ地面に立っていると、見上げる高さから見下ろしてくるヤンキーに対してうし使いは本能的な恐怖を感じた。 その恐怖をヤンキーも感づいたのだろう。じりじりと三方に分かれてうし使いを包囲しようと近づいてきた。狩る者と狩られる者、その立場は明らかだった。 うし使いはヤンキーたちに背を向けて逃げ出した。しかし横からヤンキーが回り込んできた。 「このっ!」 うし使いはソードを振り回した。けれどそれはうしに乗っての突進あっての鋭さ。ヤンキーが釘バットを豪快にフルスイングすると、あっさりと刃を折られてしまった。 「コイツ、ヨワイゼ」 ヤンキーたちは笑うと、舌なめずりをしていっせいに襲いかかってきた。 ソードを折られ、押さえつけられたうし使いはただの無力な娘でしかなかった。ヤンキーの腕が伸び、シャツを引き裂くと乳房が露わになり、ヤンキーたちが歓声を上げた。 「オイ、足ヲ開カセロ」 抵抗むなしく最後の布を破かれ、うし使いはヒッと小さく悲鳴を上げた。ヤンキーが覆い被さるようにのしかかってくる。そして、 「いや……いやああああ!」 うし使いの絶叫が洞窟に響き渡った。 3週間後、うし使いは4個の卵を産んだ。卵の中からは2匹のヤンキーと2匹のうし使いが生まれてきた。けれどもうし使いの子供はまたがるべきうしがおらず、困惑したようにうろうろと動き回って泣いた。 うし使いは子供の小さな頭を撫でた。じゃらりと鎖の音がした。うし使いの首には首輪が嵌められ、逃げ出すことのできないように壁に繋がれていた。卵が孵るまでの間に、うし使いの腹はまた大きくなっていた。 「ごめんね」 みゅーみゅーと泣く子供たちに、うし使いは謝罪の言葉を口にした。 この子供たちの行く末は生まれてきた時に決まってしまったのだ。自分と同じ、無力な、うしのいないうし使いとして、生涯を終えるのだ。 そう考えると、枯れたと思っていた涙がまた流れていた。 ギルドからの依頼を受けて、ひとりの傭兵が荒野にうしを走らせていた。 「増えてるってのはヤンキーどもか。あいつらところ構わず唾を吐きやがるしなぁ」 ギルドの親父から渡された依頼書を片手で広げながら、傭兵はつぶやく。内容は最近増えているモンスターの退治。荒野からさまよい出したモンスターが、農家の家畜を襲ったり通行人に危害を加えているらしい。 低級なモンスターといっても、戦闘の心得のない一般人には充分な脅威だ。しかし傭兵にとってはボーナスも同然だった。彼は充分に経験を積んだ熟練の冒険者だ。ヤンキーやぶたバンバラ程度、一撃で切り捨てることができる。油断さえしなければ、無傷で仕事を終えることもありうるだろう。ちょうど大きな買い物をして懐が寂しくなっていたところだ。小遣い稼ぎをさせてもらうつもりだった。 依頼書に添えられた地図に示された場所を確認する。あらかじめモンスターの発生源は調査されていた。傭兵はそこを叩き潰すだけ。簡単極まりない仕事だ。 「ははーん、あれだな」 傭兵は目的地を見定めてにやりと笑った。昼間だというのにヤンキーがたむろして紫煙をくゆらせている。その先には洞窟の入り口らしきものが見えた。傭兵はゆっくりとうしをそちらに歩かせ、適当な木を見計らって手綱を結わえ付けた。 するとヤンキーが傭兵に気づき、釘バットを持ち上げてガンをとばしてきた。そんなものは意に介さずに、傭兵はすたすたとヤンキーに近づき、無造作に剣を振り下ろした。ヤンキーの一匹が額を割られ絶命する。仲間の死に激高したヤンキーたちは一斉に躍りかかってきたが、ものの数分で傭兵の周りにヤンキーたちが無残に転がる結果となった。 「ググ……ファッキュー!」 「おお? まだ息があるのか。体力がありやがるなヤンキーのくせに」 傭兵はまだ生き残っていたヤンキーの首を切り落として、少し首を傾げた。傭兵の剣は、普通のヤンキーなら一撃でもお釣りが来るほどの威力のハズだった。見ればもう一匹、動いているヤンキーがいた。すかさずトドメを刺したが、傭兵は嫌な予感に汗を拭った。 「しかし……ま、もう受けちまった依頼だ」 傭兵はライトを取り出すと、薄暗い洞窟の入り口に足を向けた。 「ファック!」 振り下ろされる釘バットを剣で受け止めると、想定以上のズシリとした威力が傭兵の反撃を遅らせた。その隙に次のヤンキーが襲いかかってくる。傭兵はバットのスイングを避けてカウンター気味に剣を繰り出した。 嫌な予感は的中した。傭兵は舌打ちする。このヤンキーどもは普通じゃない。見た目は普通だが攻撃力、体力、素早さ、どれを取っても通常のヤンキーを2、3割上回っている。つまり、レベルが高いのだ。 「こっの……いい加減にしやがれ!」 傭兵は大きく剣を薙ぎ払い、周囲のヤンキーを打ち倒した。息が上がっていた。普段なら楽に倒せる相手に、手こずらされるという状態は思った以上にストレスの溜まることだった。その鬱憤をぶちまけるようにして傭兵は再び剣を振るった。何匹ものヤンキーが吹飛び、やがて動くものはなくなった。そこでようやく傭兵は息をついた。胸に吸い込んだ空気はヤニ臭かった。 「最悪だ」 傭兵は水筒を取り出しあおった。水の冷たさが頭を冷やしてくれた。すると戦いの間は棚上げしていた疑問が頭をもたげてくる。 「やつら、何でレベルが高いんだ……」 だいたい、モンスターのレベルというのは一定の幅で決まっている。突然変異的に強い個体が発生することもないではないが、ヤンキーどもはどいつもこいつも揃って強力だ。洞窟はまだ奥へ続いている。この謎を解いておかないと、いずれマズイ展開にならないとも限らない。傭兵は考え込んだ。 人間と同じで、修行を積んでレベルアップするという方法もあるが、うんこ座りしてタハコを吸っているヤンキーが修行に勤しむ姿というのも考えにくい。 「なんかモンスターを強くするガスでも発生してるのかねぇ?」 傭兵は首を捻った。そういう話は聞いたことがないが。だいたいこの洞窟の臭いは生臭いようなすえたような、そんな臭いしかしない。 結局答えは出ず、傭兵は腹を据えて探索を再開した。それからもヤンキーの襲撃は続いたが、だんだんと数が減ってきたのか次第に散発的になっていった。そうして洞窟の最深部と思しき場所へ辿り着いた傭兵は、異様な光景を目にすることになった。 「なんだ……こりゃあ」 そこは腐臭が充満していた。洞窟に横穴が開き、ちょうど天然の部屋のようになっている場所だ。横穴に入ると、床には女性の死体が転がっていた。 「ひでぇな」 傭兵は注意しながら、死体に近づいた。実はゾンビエルフだったりしたら洒落にならない。しかし心配は無用だった。それは完全に死んで腐敗が始まっていた。首には壁から伸びた鎖が巻き付いている。どうやら監禁されていたものと見て取れた。傭兵は何か他に手がかりになりそうな物がないか探したが、死体の身元を表すような物は何もなかった。 代わりに、いくつもの卵の殻が転がっているのを見つけた。傭兵はそれを摘み上げた。ひつじの卵ではない。見たことのない模様だった。 そのとき、背後で何者かが動く気配を感じて、傭兵はサッと振り向いた。 そこには一人の娘がいた。いや、よく見れば女の子モンスターだ。そして傭兵は瞬時に悟った。 「おまえ……? そうか、ヤンキーだけが増えるのは考えてみりゃ理屈にあわねぇ」 男の子モンスターは女の子モンスターとのつがいで増える。そんな簡単な理屈を忘れていた。そしてヤンキーが強くなったわけも同時に理解した。 「おまえさんたちが、原因か」 レベルの高い女の子モンスターから生まれた子供は、低級なモンスターでも高い素質を持つことができると聞いたことがある。どうやったのかは知らないが、ヤンキーたちは自分たちよりレベルの高い女の子モンスターを捕らえて無理矢理子供を産ませていたのだろう。 しかし傭兵は一瞬ためらった。目の前で震えているのは、まだ若い個体だった。恐らくこの穴の中の死体の子供か、孫か。陵辱の末に産み落とされた子供。モンスターに人間の法は通用しないが、人間の娘に似た彼女たちの哀れな境遇は傭兵の同情を誘った。 「だがこれも仕事か」 傭兵が思い直して剣を構える。しかしその隙を突いて、娘は傭兵に背を向けて逃げ出した。傭兵は舌打ちした。重い鎧を着込んだ状態で追いかけっこは無理だ。行かせるしかない。 仕方なく傭兵は奥へと探索を進めた。奥にはまだいくつかの穴があり、その中も最初の穴と似たような状態だった。死体か、死体に近いような状態の女の子モンスター。それと無数の卵。穴の一つには傭兵の侵入に気づかず娘を犯しているヤンキーがいた。傭兵は一撃で頭を切り飛ばしたが、ヤンキーの身体はびくびくと震えて射精を続けていた。娘は甲高い悲鳴を上げて泣きじゃくった。反吐が出るような思いがして、傭兵は娘を一撃のもとに絶命させた。周囲に散らばっていた卵をブーツで蹴り潰した。 洞窟の探索は終わった。モンスターが増殖した原因は潰したのだ。薄暗い洞窟の中から日の光の下に出てきて、傭兵は一度伸びをすると木の根元に座り込んだ。辺りにはもはや動くものはなく、一匹だけ逃がした女の子モンスターの姿も見渡す限りの視界には存在しなかった。 「ま、依頼はヤンキー退治だったからな。女の子モンスター一匹逃がしても、連中文句は言うまい」 尻のポケットから小さな箱を取り出す。タハコだ。それもヤンキーが吸っているような粗悪品ではない。こんな時のために持っている極上品。 「こんな依頼が1万Goldたぁ、ボロイ商売だと思ったが……」 一本口にくわえて火を付ける。胸一杯に吸い込んで、煙を吐き出した。身体に悪いとわかっているが、こんな日は一服やらないとやっていられない。なにしろ、先日の買い物がパーになったのだ。 「俺ぁ、ここから歩いて帰るのかよ……?」 それでも、ぼやく傭兵の口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。 洞窟が侵入者に襲われ大騒ぎになったどさくさに紛れて、彼女は戒めを抜け出した。物陰に隠れながら出口を目指す。途中でその侵入者に出くわしてしまったが、何かに気を取られていた侵入者は幸いにも彼女を見逃し、追っても来なかった。洞窟の途中にはヤンキーの死体が折り重なるようにして倒れていた。その死に様に感慨は浮かばなかった。それよりも、風が運んでくる外の空気に心が震えた。 洞窟を出ると、一面の光が彼女を迎えた。初めて見た太陽の光はとてもまぶしくて、風に運ばれてくる匂いは懐かしい感じがした。そして、運命の相手がそこにいた。 洞窟の中で、母親が姉妹たちがヤンキーたちに犯される悲鳴を聞きながら育った。外の世界を知らず、いつ自分の番が回ってくるかしれないという恐怖の中で生きてきた。それだけが世界の全てだった。 けれども彼女の本能が知っている。目の前の赤い巨体が“うし”という生き物だということを。 彼女はふらふらと夢遊病のようにうしに近づくと、迷い無く右腕のソードを振るい、木に結わえてあった手綱を切った。うしが嬉しそうにみゃあと鳴いた。 「よしよし」 自分の倍以上もあるうしに、手を伸ばす。うしは素直に鼻先を撫でられた。 「いい子だね。ボクを乗せて走ってくれる?」 ぶるるる、と息を吐くと、うしは了承するように頭を垂れた。 そうして、うし使いはうしに乗り走り出した。赤い髪が風になびき、青い肩当が颯爽と風を切る。前へ前へ。辛い過去は背後へ置き去りにして。もう彼女に追いつくことのできる者はいないのだ。 了 |
うし使いがボクキャラなのは単なる私の趣味です。だいたい女の子モンスターの性格で共通化されているのって、せいぜいきゃんきゃんぐらい。容姿から性格が想像しやすそうなとっこーちゃんや神風だって作品によってずいぶん性格違います。GALZOOの神風は男前だけど、闘神都市2の説明では金魚使いを狩りまくる凶悪な神風だったり。だからボクキャラのうし使いがいてもいいと思いますがどうでしょう。 2008.4.29 |